大学院はてな :: 無効な普通解雇+無効な懲戒解雇=有効な普通解雇?

 研究会にて,第一工業事件(東京地判・平成18年3月10日・労働経済判例速報1933号19頁)の検討。
 原告Xは被告Y社の経理担当者であった者で,小口現金を手提げ金庫で管理していた。
 2004年10月14日,XはYから《普通解雇》された。その理由は,(1)残業代申請手続の無視,(2)資料のフォーマット変更に係る虚偽報告,(3)指導に従わない休日取得であった。
 解雇告知後,引き継ぎのために経理部主任Fが小口現金の確認をしたところ,出納帳では209万円あるべきはずが実際には94万円しか無かった。そこで改めて小口現金の管理状況を確認したところ,過去4年2か月間における不明金は1617万円にのぼることが判明した。
 そこでYは同年10月27日,現金横領を理由としてXを《懲戒解雇》した。
 本件は,横領の事実はなく当該解雇は無効であるとして,慰謝料および未払い賃金の支払いを求めた事案である。裁判所は一部認容。

 「Yが懲戒事由とする会社の金銭を原告が横領した事実は本件証拠上からは認めることができず,YがXを解雇した時点において,証拠上不十分な根拠に基づいて当該処分をしたものということになり,当該解雇は解雇権の濫用に当たるものであるから無効というべきである。」 

 Yが普通解雇の理由とした(1)(2)(3)については「これら事由をもっていきなり原告を解雇するのは極端であり許されないものというべきである。」

 以上のように述べ,10月14日付けの《普通解雇》ならびに10月27日付けの《懲戒解雇》いずれも無効であるとした。しかし,裁判所は次のように続ける。

「Yがした上記通常解雇の有効性については,Yの上記解雇事由のみに限られると考えるのは妥当ではなく...平成16年10月14日の解雇告知時点において存した事情を斟酌できるものというべきである。(中略)
 Yが懲戒解雇の理由としている横領の主張には,通常解雇におけるXの小口現金管理者としての業務責任を問う主張も包含しているものと善解できる
 したがって,YによるXに対する本件通常解雇はXにおいてそれが解雇権の濫用に当たるとする他に有力な事情の主張・立証がない限り有効である。

 この判断はいただけない。本件においては意思表示が次のように別個2つあると考えるのが筋だろう。

解雇理由  α(10月14日) β(10月27日) γ(口頭弁論終結時)
指示違反  普通解雇(無効) ◇ ―――→  ――→ 
横領    懲戒解雇(無効)  ――→ 

たしかにαの時点では「不明朗な金銭管理」という事象は存在していたのかもしれないが,少なくとも使用者は認識しておらず,この時点における意思表示(普通解雇)の動機とはなっていない。ところが裁判所は「善解」することにより,βの時点における意思表示を「斟酌」し,αの時点に遡らせてこれを有効としている。
 これは裁判所が勘違いを起こしているとしか思えない。意思は表示されてから有効である。本件において,Yはγの時点までにXの金銭管理能力に欠けることを理由とする普通解雇の意思表示を行っていない。表示されていない以上,そのような法律行為は無効と解すべきだろう。おそらく裁判官は,上記のように「意思表示が2つある」ことに気づかず,併せて1つの「一連の解雇行為」にしてしまったために混乱を起こしたものと思われる。
 もし仮に「善解」するにしても,αではなくβの時点で「主位的には懲戒解雇を,予備的に普通解雇したものである」とする(上図における ◇ が主張されたものと裁判官の職権で認める)のが適切であろう。