北村薫『六の宮の姫君』

 欧州旅行中に読んだ本ですが,未だ書き残していなかったので。


 新千歳から台北への機内で,北村薫(きたむら・かおる)『六の宮の姫君』(ISBN:4488413048)を読む。
 これが“円紫師匠と私”シリーズの第4作であって,「書誌学ミステリー」に属するものだ――ということは,冒頭の解説を読んで知った。芥川龍之介大正11年に物した『六の宮の姫君』の出自を探るという「日常の謎」もの。
 周囲に子供が多くて騒がしかったのだが,みるみるうちに引き込まれる。
 作中の〈私〉は文学部の卒論執筆のために芥川を調べている,という趣向になっている。折りしも出会った,生前の芥川を知る文壇の大御所の口から

 「煙草をくわえて,せわしなくマッチ箱を揺らしていた。マッチを取り出すと火を点けて一服した。そして,いったな。《あれは玉突きだね。……いや,というよりはキャッチボールだ》」

という証言を聞かされ,その意図を探るというのが筋。図書館や古書店をめぐってレファレンスを積み重ねていくうちに,作品の位置づけが少しずつ明らかになっていくところなどは,堪らなくゾクゾクする。
 ただ,小説という形態になっているため,作品のあらすじ紹介などは何が論点なのか掴みかねるところがあった。友人と自動車での小旅行に出かけるという場面で,会話の通して伝えられるのだが,伏線にあたる情報が畳み掛けられるように伝えられるので,原典を知らない者には辛い(読後,すぐにこの箇所を再読して得心した)。
 知的興味を満足させてくれる,実に面白い本でした。