美少女ゲーム年代記: 1995-1996年「ビジュアルノベル登場前夜」

定点観測 1995年10月

 まず最初に『E-Login』1996年1月号に掲載されている,セールスTOP10(1995年10月期集計分)をご覧いただこう。

  1. エルフ 『遺作』
  2. PIL 『学園ソドム ~教室の雌奴隷達~』
  3. D.O. 『ブランマーカー2』
  4. XYZ 『緊縛の館』
  5. シルキーズ 『Figure ―奪われた放課後―』
  6. リビドー 『Libido7 IMPACT』
  7. Mink 『Dangel
  8. スタジオ・トゥインクル 『舞夢』
  9. Alicesoft 『夢幻泡影(むげんほうよう)』
  10. エルフ 『同級生2

野々村病院の人々/河原崎家の一族 マルチパック
 第1位は『遺作』(1995年8月,ASIN:B00008HXDH)。それまでエルフは過激さを伴う作品を控える傾向にあった。〈陵辱もの〉といえば「シルキーズ(Silky's)」が健闘しており,『河原崎家の一族』『野々村病院の人々』(ASIN:B0000E1W1L),『愛姉妹』(ASIN:B00008HXDQ)といった作品で着実に知名度を上げていた。ところがシルキーズは『恋姫 ~Mystic Princess~』(1995年5月,ASIN:B00008HXDL)では急激に方向転換を行い,ラブコメ路線に取り組むようになる。そして,シルキーズから出されていたような作風の『遺作』が突如エルフから発売されたのである。発売当時には『遺作』がどのような内容なのか雑誌広告などでは伏せられており,マーケティングの手法にしても最大手ならではの余裕がみせる奇抜な取り組みがなされていた。なお,「シルキーズ」の実態はエルフ傘下のブランドであったことが判明するのは,『遺作』発表後のこと。1996年4月に『野々村病院の人々』がセガサターンASIN:B000069SF8)で発売になるが,その際にシルキーズからエルフへと移管されて両者の関係がようやく明らかになった。なお,シルキーズは『ビ・ヨンド』(ASIN:B00008HXDS)を最後にブランドとしては一度消滅することになる。
 ランキングに目を戻すと,1995年の初めにエルフが送り出した『同級生2』も未だに売れ続けており,10位に食い込んでいる。

PIL collection SM3800シリーズ 学園ソドム remasters
 PIL(ピル)は初のSM専門ブランド。『SEEK ~地下室の牝奴隷達~』(1995年3月,ASIN:B000065D32)によって鮮烈なデビューを飾った後,第2作として送り出した『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』(1995年9月,ASIN:B000065D33)がランキング第2位に着けている。同作の原画には,可愛らしい絵柄でありながら濃密なフェティシズムを帯びる作風を持つマンガ家の末広雅里(後に「すえひろがり」へ改名)を起用。劇画的な表現に傾きがちであった〈陵辱もの〉に画風のバリエーションを加えたものである。また,倒錯劇の舞台になっているのは学校。銃を手にした脱獄囚が女子校生達を人質に学校に立てこもる,という設定で,プレイヤーは命令を受けて女生徒に手を下す役目を担うことになる。淫靡になりがちな〈館もの〉ではないことも特徴といえよう。だが,日常空間を舞台としているだけに,むしろ陵辱に加担することの意義を問いかけるという一面も備えていた作品。
 第4位のXYZ(エクシーズ)『緊縛の館』は,調教SLG。嵐の夜に倒れてきた少女を拾ってきた兄弟が調教対戦をする――という非道な設定なのはさておき。この作品の特徴は,調教対戦をするためのシステム部。プレイヤーが弟を,コンピューターが兄を担当し,それぞれが一週間のスケジュールを立てて競い合う。半年間の調教期間の後に,どちらが高い好感度を得られるかを競うもの。

Libido 7 DVD
 第6位に入っているリビドー(Libido)は《オカズウェア》を標榜して一世を風靡したソフトハウス。ランキングに登場しているのは,自らの名を冠した代表作『Libido 7』(1994年6月)の続作。シナリオの導入とかゲームとしての技巧などを一切取り払い,性行為の場面をただひたすら連ねることで構成されている。同種の紙芝居的な作品の先駆けとしてはアリスソフトの『あゆみちゃん物語』(1993年9月)があるけれども,バカとエロに徹したという点では『Libido』の方が上手であった。なお,リビドーは2005年に解散している。

Dangel
 第7位のミンク(Mink)は,1993年の設立。代表の阿比留壽浩(あびる・としひろ)は,フェアリーテールから独立してエルフを立ち上げたメンバーであり,原画家として『リップスティック・アドベンチャー』(1998年,フェアリーテール)や『DE・JA』(1990年,エルフ)の製作に関与している。

 第8位に入っている「スタジオ・トゥインクル」もまた,美少女ゲームの黎明期を知る者どもにとっては特別な意味を持つソフトハウス。1990年から91年にかけて発売された『CAL』や『Joker』を製作した「バーディソフト開発2課」のメンバーによって設立された。原画家の美龍(めいろん。後に「七緒杏」へ改名)と林家志弦(はやしや・しづる。旧名は「林家ぱー」)は,当時,CGの最高峰と称えられていた。『同級生』シリーズによって竹井正樹が最高峰に上り詰め,相対的に美龍&林家ペアーの地位は低下することになるが,それでも1995年時点では根強い人気を保っていたことが伺える。本作は,ダンジョンRPG

はやて×ブレード 5 (電撃コミックス)
 なお,スタジオ・トゥインクルは1998年に解散。林家志弦は活動の軸足をマンガ家に移し,『はやて×ブレード』などを発表している。

夢幻泡影
 第9位に食い込んでいるのはアリスソフトの『夢幻泡影』(1995年7月,ASIN:B00008HUM6)。「配布フリー宣言」対象作であり,入手は容易。
 原画は,アリスソフトの初期を代表するYUKIMI。しかしながら本作の特徴は,これまた同社を代表するシナリオライター「とり」の組み立てた耽美的な雰囲気にある。奇病に冒された主人公は死を受け入れ,屋敷にこもって欲望の赴くままの暮らしを始める。幼なじみの妻,妹,看護婦,メイドさんらと過ごす〈堕落した日常〉がひたすらに繰り返される《マルチストーリー》。

リーフが立ち向かったもの

 では,何故このランキングを見たのか,その意図を述べよう。

Leaf Visual Novel Series Vol.1 雫
 まず第一に,このランキングの対象となった1995年10月はWindows95日本語版が発売される直前の時期であるということだ。つまり,美少女ゲームのためのインフラストラクチャーとしては98DOS環境が圧倒的な位置を占めていた最後の時期であるということだ。次章で詳述することになるリーフ(Leaf)が立ち向かっていったのは,このランキングが象徴する勢力状況であった。
 そして第二に,1996年1月は,その後の美少女ゲームを大きく変えることになる作品『雫-しずく-』(ASIN:B00008I4QE)が発売された月だということ。この時期,ストーリー性はさほど重視されていなかったことに留意しておきたい。
 ところが,ここで参照した『E-Login』には『雫』に関する記述が皆無なのである。「新作ソフト情報」に記事として紹介されていないどころか,広告も掲載されておらず,新作発売一覧にすら載っていない。すなわち,『E-Login』を購読している限り,『雫』の存在は認識不能であった。

 さかのぼって見れば美少女ゲームを大きく揺さぶるほどに影響力を持つことになるLVN(リーフ・ビジュアルノベル)であるが,最初の登場時はこれほどまでに低い認知度だったのである。
 では,話を1996年――リーフが大躍進を遂げ,ソフトハウスの勢力図が大きく変わることになる年へと進めることにしよう。

次章 …… 1997年5月23日「セカンド・インパクト――『To Heart』」