TYPE-MOON 『Fate/hollow ataraxia』

 少しばかりまとまった時間がとれたので,TYPE-MOONFate/hollow ataraxia』をプレイする。2005年10月28日の発売直後に買ったもの。これくらい熟成させてからだと気をつかわなくて済む。
以下,ネタバレがあります。

Fate/hollow ataraxia 初回版(DVD-ROM)

 『Fate/stay night』のファンディスク……というには躊躇するほどの圧倒的なボリューム。まず第1に聖杯戦争の半年後における「四日間」,第2に本編では描き得なかった登場キャラクター達の暮らしぶり,そして第3に壁紙やらミニゲームといった娯楽要素の詰め合わせ。
 新キャラの「ネコさん」などは作品世界の後背地を潤沢にしている,旧キャラにしても「キャス子」の耳ピコ等はとても愛くるしい。間桐桜の見せ場が少なかったのは心残りではありますが,この娘は〈日常〉描写の中では幼馴染み系の好感度イベントを発揮してくれたので良しとしましょうか。
 何より,ゲームシステムにおけるスクリプト演出が素晴らしかったですねぇ。昨今ではFlash技術が進歩してくるなどして“画面が動く”ことは当然のようになってきましたけれども,それでもビジュアルノベルゲームの伝統的技術に乗っかったうえで“画面が動いている”というのは嘆息すべきものがあります。立ち絵の水平移動は『Fate/stay night』でも効果的に使用されていましたけれど,本作では拡大率を変えることで近/中/遠といった〈距離〉感を出していたことが強く印象に残ります。あと,動きが曲線的であるというのも見逃せませんね。前作では付録『タイガー道場』においてSDキャラを用いて実験的に行われていた表現が,本作ではふんだんに採り入れられている。画面の中を「立ち絵」が動き回る様は,それを見ているだけでも十分に楽しい。

 エロゲの演出技術は、ようやく映画でいうエイゼンシュテインモンタージュ理論の段階に到達したように思う。「Fate/stay night」が切り開き、「この青空に約束を」などが上手に踏襲しているスクリプト演出の流れだ。

http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20060914#p2

――ん,良かった探しはこれくらいでいいかな。以下,率直に。

Fate/hollow ataraxia 通常版(DVD-ROM)

 かったるいです。あと,つまんない
 さすがに「所要時間:31時間42分」は長すぎます。全体を引っ張る要素に魅力があれば苦にならないのですけれど…… 本編であれば各サーヴァントごとに存在した謎解き要素が,今回は1つだけですからねぇ。緊迫感が持続しないので,途中から苦痛に。所要時間にして10時間を過ぎたあたりで全体の見通しが立ったのですけれども,それがひっくり返されることなく結末まで進みました。
 英霊達の生い立ちについての挿話――例えば「ツインテールゴスロリアイドルデュオ」なんかは楽しかったのですが,こうした挿話(エピソード)と物語(ストーリー)のバランスをとることに失敗した作品として『hollow ataraxia』があるように感じられてなりません。
 いっそのこと,〈幹〉にあたる「四日間」と〈根〉にあたる反復的日常の描写とを分けて,別な章にした方が間延びすることを防げたような気がします。これは『歌月十夜』の基本構造を踏襲したことに原因があるでしょう。『歌月』の場合には〈不条理さ〉が先ずあり,そこにファンの手になるSS(サイドストーリー)すらも原作者の作品と同列のシミュラークルとして扱われるという〈非一体感〉も加わって,勢いで押し切るというのが効果的に機能していたのですけれど。
 ストーリーを駆動させる役目としてカレン・オルテンシアバセット・フラガ・マクレミッツが投入されていましたけれど,機能不全を起こしていたような。教会も協会も,どちらも謎キャラなんですもの。両名とも〈日常〉からは同じくらい離れた位置に置かれたが為,どちらも印象深いエピソードを付与することができませんでした。取って付けたような性描写に対しては「えっちなのはいらないと思います」という感じすらあり。
 叙述トリックについてですが,今回はちょっとルール違反が過ぎたかなぁ。使い処を誤ったと言うべきか。奈須きのこの場合,『月姫』で意識の混濁というのを使ってしまっているので,「またか」という気になってしまう。
 そんなに不満があるなら中断すればいいのに――となりそうですが,桜たんの仕草は見ておきたかったんですよぅ。
 『hollow』が1/3くらいの分量であったならば,骨格が同じでもかなり印象の異なるものになりそうなのですが。
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