ivory 『わんことくらそう』 総評 ―― すべての生に祝福を

 ivory『わんことくらそう』(ASIN:B000E8BV4W)を完了。

 大変に興味深い作品でありました。この物語を前にして私は何を語ろうか――と,存分に思考を刺激してくれる作品。

 導入は「犬雨」(たかしたたかし)で、途中から「我が名は狼」(たがみよしひさ)なシリアスが入って、中盤からは「ミノタウロスの皿」(藤子・F・不二雄)な違和感が漂い始めた「わんことくらそう」(ivory)。

http://d.hatena.ne.jp/bullet/20060415#p1

 幾本の線と線の交わりあいで作られている『わんこ』の、彼らが暮らす場は、もはやそれは「作られた」世界であるということを感じさせない。

http://d.hatena.ne.jp/rahanosu/20060418/p1
わんことくらそう

 誰も悪党はいない。だけど、悪が行われている以外の何物でもない世界。悪が悪として、認識されない世界。悪が悪ではない世界。それが、凄くほのぼのと描かれてる。
 良く出来ていると思う。全く別の世界というのを良く描けてると思う。しかも、こんな恐ろしい、ブラックな世界をほのぼのと描く才能には心底戦慄した。

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060418#p1

 本作は表面上はパターナリズムを肯定して賛美(萌え化)しているように見えながら、実質は表面上の物語とは別に、凄くドラスティックにパターナリズムを批判している感じですね...(中略)
 本作はエロゲとしてより、パターナリズム(萌え)批判の思弁的なSFとしてよくできている作品だと思います。

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060418#p2

 ひとかどの萌えやプレイヤーの妄想を全くチグハグにし、恋愛物語の既定的骨組みを打ち壊し、何事もいっさい確定しない、本当に「わんことくらそう」というタイトル〈意思・推奨〉を忠実になぞっただけのこの作品に、いったい何が描かれているのかといえば、恋とか愛とか人間性といった、人が人であるゆえんといわれる"高尚な" 事柄をいちいち冒涜し、むきだしになった「生きる」ということを、ふきっさらしとなった「生きる」ということを、肩肘張らずに語りつくす、とても真摯で穏やかな人間論でした。

http://d.hatena.ne.jp/tsukimori/20070223/p1

 ああ、こんなヘンな作品が転がってるから18禁ゲームは止められない のだった。

http://d.hatena.ne.jp/Su-37/20070311
Leaf Piano Collection VOL.1

 本作は物語を推進する構造が単一ではなく,大まかに言って3つのフレームで出来ている。
 まず第1には,表題通りに《人が動物と暮らす》ことの意義を問いかけるものであり,冒頭部の「みかん」シナリオで展開される。ここでは実に暖かな博愛(humanity)が描き出されている。『To Heart』のマルチ(HMX-12)を想起した私は,ほろほろと感涙にむせいだのでした。
 第2に《愛情の形》を映し出すのが「桜海里沙」シナリオ。ジュヴナイルよりは“ちょっぴり大人”な男女の結びつきを主人公が提示する。

GUNSLINGER GIRL 2 (電撃コミックス)

 そして第3に,脇役達によって作り上げられていく1対多の社会関係。高貴な血統の「カイエ」と飼い主のお嬢様「星華」や,おしゃまな「かな」と優雅な飼い猫「クゥ」らによって醸し出される環境は,柔らかで暖かいのに,やっぱり奇妙。建前としての倫理観を削ぎ落としたところで展開される群像劇は,相田裕が『GUNSLINGER GIRL』の第一期で展開していた姿に,どことなく似ている。
 それぞれが手頃な分量で綴られており,実所要時間3日ほどで楽しめるのも嬉しい。
 もっとも,欠点が無いわけではない。里沙シナリオの最後に起こる事件は取って付けたようなところがあって蛇足という感が否めない。サブヒロインであるはずの「撫子」シナリオだが,作品全体のテーマに殉じる終わり方になっているがために盛り上がりに欠けてしまっており,釈然としないところはある(たびたび『To Heart』を引き合いに出して恐縮だが,脱臼の様子は長岡志保シナリオのようだ)。あと,〈おまけ〉とはいえカイエ×星華についての描写に不整合があったのは残念。
 後半に行くと粗が見えてきてしまうのだが,それを差し引いてもなお,本作は賛辞を捧げるに値する。『わんことくらそう』の前半部だけでも,心を揺さぶられるメッセージがある。優しいのにラジカル(radical)な『わんこ』達が暮らす世界。此方から彼岸を見やる私の人生観を心地よく打ち砕いてくれました。

キミと一緒に,歩いてゆこう。