大学院はてな :: チェック・オフの中止

 研究会にて,東急バス事件東京地裁判決・平成18年6月14日・労働判例923号68頁)を報告する。
 被告Y社の運転士が原告。Xらは従前,Y社の従業員のうち大多数を組織するZ労組に加盟していたところ,これを脱退し,χ労組を立ち上げた。χ組合はY社に対して『組合結成通知』を送付し,その中で原告ら4名はZ労組を脱退したのでZ労組へのチェック・オフ(組合費の天引き)を中止するよう求めたがこれに応じなかった――というもの。
 なお,その後もZ労組を脱退してχ労組に加入した者が相次いでいるため,個人原告は総数で11名。そのいずれもが,最初の4名と同様にチェック・オフ中止の申し出をしているが,その様式は異なっている。原告は加入通告の時期によって第1次から第6次にまで別れている。第3次加入者である原告Fならびに原告Hは,平成13年2月5日付けの文書『労働組合加入者通知』を送付した後,平成13年4月21日付けで内容証明郵便を送ってチェック・オフの中止要請をしている。
 東京地裁(裁判長:三代川三千代)は請求の一部を認容した。

 「使用者が有効なチェック・オフを行うためには,労働基準法24条1項ただし書きの要件を具備することはもとより,使用者が個々の組合員から,賃金から控除した組合費相当分を労働組合に支払うことにつき委任を受けることが必要であると解される。したがって,使用者がチェック・オフを開始した後においても,組合員は使用者に対し,いつでもチェック・オフの中止を申入れることができ,この中止の申入れがされたときは,使用者はその組合員に対するチェック・オフを中止すべきである。」

 第1次加入者らにつき,「それまで,明示又は黙示に,Yに対し,Z労組の組合費を毎月の給与から控除して支払うことを委任していたと認められるから,この委任を終了させるには,Yに対し,その旨の本人の意思表示がされることが必要である。」「上記原告らは,平成12年10月6日付け『労働組合結成通知ならびに団体交渉申入書』及び平成12年10月16日付け『団体交渉再申入れ書ならびにZ組合脱退に伴う,組合費天引き中止の要求』と題する書面によりチェック・オフの中止を申し入れたと主張するところ,これら書面は,冒頭に,原告組合名及び同執行委員長名に次いで,分会名及び上記原告らの氏名(原告Dには分会長の肩書がある)が標記されているものの,名下には原告組合の角印と同執行委員長の代表印が押捺されているのみで,上記原告らの署名や押印はなく,文面も,原告組合(及び分会)から被告に対する通知ないし申入れの体裁をとっており,客観的には,原告組合(及び分会)が作成した文書と理解されるものであって,そこに上記原告らの個人的意思が表明されているとはいい難い。また,原告組合が上記原告らからの授権により同文書により前記委任を終了させる意思表示を行う旨も明示されていない。
 そうすると,原告らの上記主張は採用できず,その他,上記原告らがYに対し,平成12年11月25日(11月分賃金支給日)以前にチェック・オフの中止を申し入れたことの主張立証はないから,Yがしたチェック・オフは委任に基づく正当なものというべきである。」
 第3次加入者らについては,Z労組を脱退したことが平成13年4月21日付けの内容証明郵便によって通知されており,「この通知には,同原告らが同年2月5日にZ労組を脱退しているので同組合費の給与からの天引きを直ちに中止するよう申し入れる旨が記載されている。そうすると,この通知がYに到達した後に支給日が到来した同年4月分及び5月分の給与からZ労組の組合費を天引きすることは許されず,天引きした二か月分の組合費相当額は賃金の未払いとなる。」

 私見判旨反対
 チェック・オフに関するリーディング・ケースとしてはエッソ石油事件最高裁判決(最一小判・平成5年3月25日・集民168号下127頁)がある。同最判では,組合員個人からチェック・オフ中止の申し入れがあった時には,使用者はこれに応じなければならないと述べており,今回の事件の一般論もこれに沿うものであろう。
 しかし,チェック・オフ中止の意思表示は労働者個人から使用者に対して示されなければならない,として請求を斥けているのは杓子定規に過ぎるだろう。第3次加入者のように,内容証明郵便を用いて明確に意思を表明した方が好ましいのは確かである。しかし,第1次加入者のように,新規に加入した組合を通じて集団的に旧加入組合へのチェック・オフ中止を求めることでも意思表示としては充足されているのではなかろうか。
 チェック・オフの中止が問題となるのは組合分裂が生じた状態であることも多く,対立する組合の縄張り争いによって組合員の所属関係が不明瞭になることはあるだろう。だからといって,チェック・オフ中止を求める文書の差出人が必ず個々人である必要はない。もし,組合を通じて提出された意向では労働者個々人の真意が反映されていないのではないかと使用者が疑うのであれば,使用者が当該労働者に対して聞き取りをすればよいのであって,かかる意思表示の有効性を否定する理由にはならないだろう。
 従って,請求は認容すべきであると考える。