牧野宣彦 『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』

 ここしばらく,コートのポケットに入れておいて移動中に少しずつ読んでいたのが牧野宣彦(まきの・のぶひこ)『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』(集英社新書ヴィジュアル版,ISBN:4087204324)。
 書名にあるとおり,かのゲーテが1786年にワイマールを出奔し,1年10か月に渡ってイタリアを周遊して書き残した『イタリア紀行』の足跡を辿るもの。まぁ,舞台探訪というやつです。ゲーテが何故イタリアへ旅だったのかについては,試し読みで読めるのでそちらを参照。

 本書の特徴は,作中に登場する名所旧跡などを撮影してまわった写真がふんだんに収載されていること。図像で示すことで固有名詞を認識しやすくなるだろうという本書の意図は達成されていると思う。
 ただ,いかんせん半端な出来。
 著者の経歴をみると,旅行会社に勤務して各種のツアーを企画したとある。本書を作ろうと思い立ったところにプロデュース能力が発揮されていると思うが,内容を記述する構成力が少々不足気味。こういったタネ本がある場合,手法としては(1)岩波文庫のように,原文はそのままにして注釈を書き加えていく方法と,(2)司馬なり塩野なりのように,いったん咀嚼して再構成する方法とが両極にある。本書では無難にその中間を採ったわけだが,原作のうち該当箇所を引用して「××とは△△のことです(写真)。」というパッチワーク構成を基本文体としている。通読すると,切り貼りして仕立てましたという感が強い。
 ところどころに著者なりの見解を加えているものの,専門家でもない人物が講釈を垂れてみたところで当てにならない(補足しておくと,肩書きだけで評価するつもりはない。しかし私の見るところ,この著者にとって文学作品に注釈を付ける作業は荷が重いだろう)。
 ならば,旅行ガイドとしての蘊蓄(うんちく)を添えてみてはと思うが,残念ながらそういった要素は抑えられている。しかも困ったことに,著者の「つぶやき」が何らかの興味を掻き立てるものではなかった。これは,原作の興を削ぐことのないようにとの配慮と受け止めるとしよう。
 とすれば本書の役割は,原作を読む必要に迫られた人があらかじめ概要を掴んでおくために,あるいは,本書を読んだ後に原作を手に取る橋渡しをするためのものと位置づけられる。本書に掲載された写真を揃えるだけでも結構な手間がかかるので,ゲーテの『イタリア紀行』に関心があるという向きには副読本として機能しよう。
 ただ,ちょっと気になったのが,風景はすべて現在の写真が添えられている点。ゲーテが旅した当時,例えばフォロ・ロマーノは荒廃して放牧場だったはず……。〈現代〉において追体験を目指すということであれば構わないところだが,〈当時〉の光景に対する配慮は込められていないので学術的な読みには参考資料としても耐えられないことは念頭に置いておくべき。