大学院はてな :: 「歯医者に行くので出張できません」

 研究会にて熊坂ノ庄スッポン堂商事事件東京地裁判決・平成20年2月29日・労働判例960号35頁)を題材に検討をしました。健康食品販売店Yに勤めていた原告X(63歳)は地下鉄構内の店舗にて勤務していたが,当該店舗が改装のために一時閉店することになったこともあり,月間販売成績が低迷していることを理由に研修命令が発せられました。ところがYには研修を行える者が1名しかおらず,しかもこの人物が愛知県での催事に従事していたことから,研修場所を豊川,期間は45日間(翌年2月14日まで)とする就業指示[1]が発せられました。しかし,豊川店は1階が店舗,2階が寮となっているものの「寮といっても一部屋に十数人が雑魚寝する状態である」ということを同僚から教えられたこともあって,Xは研修行きを渋ります。研修地では個室を与えて欲しい等の要望をファックスで送った後,Xは「現在歯の治療中であるので豊川店の勤務は他の人に変更して欲しい」と伝えます。これに対してYは,歯の治療が終わるまで治療に専念し,治療が終わって仕事が出来るようになったら本部に連絡するように」と指示しました。また,Yは欠勤届の提出も指示し,Xもこれに応じています。
 ところが翌年1月11日,Yからの前月分給与振り込みがなかったことからXが労基署に相談に行ったことから関係が悪化。Yは「君とは今後話をしない。労働基準局を窓口として話をする。」と伝えてきました。Xは労働局にあっせんを申し立てましたが,Yは出頭しませんでした。
 2月9日,Xは治療の日程が変更になったので「2月14日までの豊川店勤務が(2月14日終了後東京の店への勤務となりますならば)可能となりましたので至急連絡ください。」とのファックスを送信(これに対しYは返答しませんでした)。他方,Yは3月15日付けで以下の内容の就業指示[2]を発します。

  1. 3月19日に本部での打合せに出ること。
  2. 3月20日から25日まで本部で研修を受けること。
  3. 3月28日から45日間,名古屋・豊川催事営業の販売応援業務のため,中期出張すること。
  4. この就業指示を履行できない場合は,就業指示の履行を不能とする旨を明らかにした医師等の診断書を5日以内に提出すること。
  5. 先の就業指示[1]を履行できない理由としてXが挙げた「集団生活・集団勤務ができない」「歯科治療」の理由に関し,医師の証明書及びその後完治したことを証明する診断書を5日以内に本部に提出すること。提出がなかった場合には懲戒に処すること。
  6. Xが正当かつ合理的な理由なく,この就業指示に従わなかった場合には,何らの通知等することなく,通知書到達後30日経過した日をもって懲戒解雇する。

 そしてXは懲戒解雇になった――というもの。なんだかどっちもどっちで大人気ないという感じのする事案。
 Xについて云えば,歯医者に行くためにという理由で出張を断ったり,治療予定が繰り上がったので1週間だけなら研修に出られると言ってみたり。他方,Yにしてみても,かなり嫌がらせに近い態様で出張命令を発していますし,就業指示[2]も多分に挑発的。
 結論として,裁判所はXを勝たせています。確かにYの対応は慎重さを欠くところがありますので,当該懲戒解雇は濫用であったとするのが適切なように思われるところ。
 ただ,この判決,「豊川店でしか研修ができない事情も含めたその必要性についてXに十分説明したとはいい難く,豊川店での勤務が終了した後の勤務地がどこであるかについても説明がなかった」ことと「何ら弁明の機会を与える余地のない形式で懲戒解雇に至っていること」も併記して,「本件解雇を有効とするには相当の躊躇を覚えざるを得ない。」との結論に至っています。そこまで手続的保障をしなければならない事案であったのかというと,ちょっと疑問に思うところでもあります。