大学院はてな :: 休職期間満了後の退職扱い

 研究会で,キヤノンソフト情報システム事件(大阪地裁判決平成20年1月25日労働判例960号49頁)を題材に議論。
 原告Xは,自律神経失調症とクッシング症候群とを理由に休職をしていた労働者。クッシング症候群とは,コルチゾール(副腎皮質ホルモンの一種)の慢性過剰分泌に起因するもので,身体的には満月様顔貌などの変化が生じるほか精神異常なども呈することがある。
 被告Y社は,2年間の休職期間中,Xのかかりつけ医から複数回にわたって診断書が提出され,クッシング症候群については寛解したことが伝えられていた。
 平成17年3月にXは復職の申請をしたがYは,(a)Xが休職に入った理由は「易疲労性,集中力低下」であったのであり,当該症状について完治したとは判断できないこと,(b)A医師からの診断書では自律神経失調症とクッシング症候群の因果関係が明らかではない,として復職を認めなかった。
 同年5月,Yは同年7月9日をもって休職期間が満了することをXに通知した。この時期,YはXに対し面談を求めたが,Xは賃金支払いに関する調停を別に申し立てていたため,この求めに応じなかった。
 同年6月,B医師からの診断書が提出され,「通常の労務就業に支障ない」との意見が提出されていた。しかしながらYは,休職期間満了の日をもってXを退職扱いにしたものである。
 裁判所は地位確認請求を認容。
 この事件は,使用者が〈最後の詰め〉を誤ったように思われます。
 原告Xは,休職期間の途中に独断で復職したにもかかわらず,わずか4日で再び欠勤することになったという前歴があり,Xが就労可能であるのかどうかについてY社としては不信を抱くのも当然と思われる事情がありました。裁判所も,

 「上記診断書の記載だけからは,副腎皮質機能障害と自律神経失調症との関係や,易疲労性・集中力低下の症状が消失しているとの判断に至った経緯等が不明であり,とりわけ易疲労性・集中力低下の症状の消失については使用者としても裏付け調査等が必要であるとYが考えるのも,もっともである。」

と述べています。そして本件では,「Yからの疑問に医学的見地から答える内容」の診断書が,かかりつけ医から提出されていました。それでもなお,労働者の就労可能性に使用者が疑問を持った場合にはどうすれば良いのか。これにつき裁判所は,

 「Yは調停での話し合いを通じて,A医師との面談やX本人との面談を求めることは可能であったはずであるし,他にYの嘱託医による診断を求める等の手段を講じることも可能であったはずである。」

と指摘しています。そして,こうした対応をとっていなかったのだから使用者の対応には落ち度がある,と。
 本件では,途中までは使用者も誠実に対応していたように受け取れるのですが,最後の段階になって扱いが雑になっています。平成17年5月頃に調停を申し立てたあたりから関係がこじれていたのが原因でしょう。
 復職をめぐっては,かかりつけ医からの診断書は労働者に有利な記載となっていることがあります。ただ,かかりつけ医は当該患者が《抽象的に》就労可能であるかどうかを見立てることはできても,《具体的に》判断する能力まではありません。ある仕事を実際にこなせるかどうかは,使用者の判断に委ねなければならないところがあります。そのためには,労働者と話し合って回復状況を確かめる,かかりつけ医ではない者(例えば産業医)の意見を聞くといった情報収集を行い,さらにはリハビリ的に仕事をさせてみるといった対応も検討することが必要でしょう。こうした手順を踏んでいた様子がみられない本件では,使用者側敗訴の結論に至るのが妥当と思われます。