坂の上の雲 (4)

新装版 坂の上の雲 (4) (文春文庫)
 司馬遼太郎坂の上の雲』第4巻。日露戦争の序盤戦についての話。
 まず、日露戦争における旅順の位置づけを確認しておこう。日本から軍隊を送る場合、海上輸送に頼ることになる。そのための輸送船が攻撃されれば、日本は補給線を断たれることになる。制海権を確保するためには、ロシア海軍の旅順艦隊を全滅させなければならない。港内に引きこもる旅順艦隊をいぶり出すには、陸側からけしかけるしかない。そこで乃木希典を司令官とする陸軍が送られた――という次第。
 ここでは司馬の描く人物像について述べておかねばなるまい。もっとも乃木は人心の統一をすることが役割であり、実際に攻撃計画を立案するのは、伊地知幸介であった。この人物の描き方である。
 ロシア軍が構築した近代要塞に対し、歩兵を正面から突入させるのは、私でも愚作だとわかる。攻略に191日を要し、6万人もの死傷者*1 を出したという数字からみても、作戦がまずかったことを知ることもできる。しかし読後に、伊地知に対する嫌悪感しか残らないというのはどうだろうか。
 思うに、善ないし悪だけで構築された人間が居るとは思えない。司馬の描く「伊地知幸介」は、人間の負の側面をすべて保有する、純粋悪としての存在である。果たして、そのような人物が存在しうるとは到底思えないのである。同じ事はロシア陸軍の指揮をしたクロパトキンについても言える。『坂の上の雲』は、日露の2人を糾弾するための書であったのだろうか。

*1:兵力10万人に対してものもであるから、6割の損害という途方もないものであった。