絵のある人生

 安野光雅(あんのみつまさ)『絵のある人生 ―見る楽しみ、描く喜び―』(岩波新書、2003年)読了。
 日曜日に美術館に行った後、書庫から絵画についての本を探してきて読み始めたもの。著者の安野氏は著名な画家。昨年、文字を添えずに絵だけで物語が進んでいく『旅の絵本』の第5作目としてスペイン篇を上梓されております。とにかく「スペイン」という単語が書名に入っていると買い求めておくのが私の仕事なので(^^)当然の如く絵本を入手したのですが、同時期に出版されていた本書も購入したのでした。
 さて、書名から絵についての本ということは分かりますが、どんな内容を想像しますか? 私は「クラシック音楽の名盤はこれだ!!」のようなものか、あるいは著者の自叙伝かと思って読み始めたのですが、そこには老成した画家の成せる技がありました。
 本書の面白みは、章立てを見てもらうと感じ取れるのではないでしょうか。

第1章 絵を見る……心を動かされる満ち足りた時間
第2章 絵を描く……ブリューゲルの作品を手がかりに
第3章 絵に生きる……ゴッホの場合、印象派の時代
第4章 絵を素直に……ナイーヴ派、アマチュアリズムの誇り
第5章 絵が分からない……抽象絵画を見る眼
第6章 絵を始める人のために
第7章 絵のある人生

絵についての話題をギュッと圧縮すると、こうなるというものが詰まっています。それでいて、話の運びに堅苦しさが無い。例えば第2章では「雪中の東方三賢者の礼拝」という作品を素材にし、キャンバスに向かったブリューゲルの姿を追いかけていくのですが、あちこちに話が飛びます。それが実に楽しい。ブリューゲルフランドル地方(現在のベルギー)の出身だという話題ではじまり、低地は山が無くて風景画の背景に困るということを述べ、日本人の原風景は野山であるという指摘をし、そういえば星空を美しいと思うのは遺伝子に組み込まれた感性のせいだとプラネタリウムメガスター」を手作りした大平貴之は答えていたなぁと述懐し、そのうえで長崎ハウステンボスにやってきたオランダ人は山が背後にあることに驚くのだ――とまぁ、こんな具合(27頁)。思わず身を乗り出して、聞き入ってしまいます。
 私が最も面白く感じたのは、第3章。ヴァン・ゴッホの生き様を追いかけながら、安野氏が画家として成長していく時期のことを振り返っています。今でこそゴッホは有名人ですが、存命中には一枚しか絵が売れなかった人。正直なところ、私はゴッホの絵を上手だと思いません。ただ、ある日を境にゴッホという人物に対しては畏敬の念を持つようになりました。もう5年前になるのかな。KLMに乗って旅した時、乗り継ぎのためにアムステルダムで一晩を過ごしたのです。それで国立ゴッホ美術館(Rijksmuseum Vincent Van Gogh)を訪ねたのですが、それはもうおびただしい量の書簡が残されていたのですよ。画商をしていた弟テオに向け、この作品はどういった意図で描いたのかとか、どんな新しい試みをしてみたのかとかを、それはもう事細かに。手紙には絵画に対する情念がこもっていました。絵ではなく文章によって画家の認識を改めたのは、後にも先にもこれきりです。
 そんなゴッホを《絵に生きる》という小題で取り上げた安野光雅氏もなかなかのもの。『街道をゆく』で司馬遼太郎と同行した際、司馬は安野を評して「絵にしてしまう」と語ったそうですが、その安野は「ゴッホが描くと絵になってしまう」と讃えています(90頁)。
 それらをまとめた本書の題が『絵のある人生』であるというのが何よりいい。肩の力を抜いて絵と付き合っていこうという姿勢に好感を持ちました。

絵のある人生―見る楽しみ、描く喜び― (岩波新書)