南仏プロヴァンスの12か月

 考え込んでしまった。相手は、ピーター・メイル(Peter Mayle)の「南仏プロヴァンスの12か月」(A Year in PROVENCE, 1989, ISBN:4309461492)。
 葡萄園つきの農家を買い取って南フランスの田舎町に越してきた筆者による、月ごとの歳時記。訳者あとがきによると、小説が書けなかったので、身近な出来事を書いたのだそうな。登場するのは、隣のブドウ農家や、家の修繕を頼んだ職人、あるいは買い物に出かけた先で立ち寄った食堂の亭主。
 ほのぼのとしたお話――なのだが、この本が売れるのはロンドンと東京だけではなかろうか、と。
 職人に細工を頼んだら、二箇月後にやって来た? 地元のオリーヴオイルとワインが旨い? パンはパン屋によって味が違う?
 そんなの当たり前でしょう。
 見知らぬ異国への憧れを持たないと、かくも感想が変わるものなのか。地図帳を引っ張り出してきて調べたところ、我が家(バレンシア)から南仏マルセイユまでは直線距離にして640km。ほぼ東京‐青森間に相当する。行ったことはないが、人間の気質が極端に変化するほど離れているわけではない。違うところというと、オレンジ畑がブドウ畑に替わっているところ。その風景にしても、北海道育ちの私にとっては、別段、憧れの対象でも何でもない。内地の人が《北海道》に対して持つものは、「北の国から」に込められた幻想でしかないのだから。
 つまるところ、異邦人が新しい地で最初に得た驚きと、都市を捨てて農村に移り住んだ喜びとを表現したものが本書なわけです。異国での疎外感や、田舎の人間関係の難しさといったものを、うまく隠しているが故に、《夢のような生活》を演出できています。。
 自分には起こりえない空想の物語だと思って読むなら、美しい筆致の本書は束の間の快楽を与えてくれることでしょう。都市を離れれば収入の途を閉ざされる労働者にとっては《夢物語》であることを、お忘れ無く。作者は、場所を選ばない文筆業なのです。
 さらには…… これは南仏だからこそ書ける話ではない。新しい街に移った時、新しい仕事を始めた時、その時に瑞々(みずみず)しい感性を働かせることが出来るなら、そこが《プロヴァンス》になるということではないのかな。
 ちょっと変わり種だけれど、これも「海外在住日記」に。

南仏プロヴァンスの12か月 (河出文庫)