クジラは昔 陸を歩いていた

 大隅清治「クジラは昔 陸を歩いていた」(1988-97年、ISBN:4569569986)読了。
 筆者は、鯨類研究所や水産庁を経て、国際捕鯨委員会の委員を務める人物。長い経験に裏打ちされた知識が豊富で、興味深い話を披露してくれる。
 クジラは哺乳類である。うん、それは知っている。
 クジラは水中で生活している。それも知っている。
 では、海中で暮らすホ乳類は、どうやって真水を手に入れているのでしょう? こんな質問が出てきて、やられた〜と思った。魚類のように血液の浸透圧を海水とそろえているわけではないから、何か策を講じないといけないのか*1。このように、サカナと同じように捉えてしまうと見落としがちな点を色々と指摘してくれる。
 クジラとイルカは、同じ仲間。大きなものを鯨と呼んでいるだけの違い。そんなわけで、イルカとのコミュニケーションの話が出てきます。岡野史佳瞳のなかの王国」の光景が思い浮かぶところ。ところが、ここでは厳しい指摘が。コミュニケーションをしたいなら、イルカに人間の言葉を教え込むのではなく、人間がイルカの会話を理解できるようになるべきでは、と。この科学者らしい歩み寄りの姿勢が素敵です。
 ところが、これが人間を相手にした政治となると、からっきしダメ。国際捕鯨委員会捕鯨国が置かれている不遇を不正だと訴えているのですが、その話を聞くと、日本の国際力欠如を嘆かざるを得ません。曰く、商業捕鯨の禁止が議題にのぼったのは、1972年のストックホルム国連人間環境会議の場であり、提案したのはアメリカ合衆国。米国は、ベトナム戦争で生じた国際非難をかわすために提案をしたのだという。そして、国際捕鯨委員会に非捕鯨国(そもそもクジラを捕獲するつもりのない国)を多数加盟させ、反捕鯨国が常に3/4を占めるように工作したのだという。筆者はそれを非難しているのだけれど…… 政治的な駆け引きもできないようなら、国際社会で弱い立場に置かれるのは当然です。国際捕鯨委員会の加盟国は、39か国だという*2。なんだ、簡単じゃないか。世界には200近い国があるのだから、捕鯨国の意向を汲んでくれる国を味方につけて加盟させ、票数を増やせばいいでしょうに。そんな権謀術数ぐらいできないのかなぁ。世の中カネで、数の力が正義なのに。どーせ私は腹黒いマキャベリストですよーだ。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/whale/iwc.html
 もうひとつ、筆者は科学者でしかないなぁと思ったのは、「鯨を家畜にしよう」という案。つまり、クジラの養殖。筆者は「人間が管理しているもの=家畜」であると誤解しています。違うんです。キリスト教諸国では「神が人間のために造り給うた生き物=家畜」なのです。ですから、クジラを人間の食べ物として認めてもらうためには、(1)神様を説得してクジラを家畜に変更してもらうか、(2)人を説得して神様を取り替えてもらうかしなくてはいけません。捕鯨については留学に出てきてから何度か議論したのですが、どうやっても説得するのは無理です。相手にすべきは、科学ではなく宗教なのですから。
 本書は、クジラとイルカについての入門書として最適でしょう。国際政治の教材としても使えますし(笑)

クジラは昔 陸を歩いていた―史上最大の動物の神秘 (PHP文庫)

*1:解答:体内の脂肪を分解する時に発生させた水分を使って大量の尿を生成し、塩分をどんどん排出するのだそうです

*2:2003年2月時点では、49か国