symphonic rain, 5th movement

 工画堂スタジオくろねこさんちーむ)『シンフォニック=レイン*1の進行状況報告(第5楽章)。
 アリエッタ・フィーネ(Arietta Fine)シナリオ。
(この先には,ネタバレがあります)
 結末は,見えていました。トルタ・シナリオ“al fine”の末尾,「午前9時」という妙に具体的な時刻の表示があったので。
 これまでに仕掛けられていた伏線を回収し,物語は予定調和へ。ただ,そのために《奇跡》を濫用しすぎているように思える。「音の妖精フォーニ」は,物理法則を無視した超越的存在。かかる者に物語の解決を委ねたことで無理が生じるのは避けようがない。あたかも映画版『風の谷のナウシカ』のように,大団円を迎えての爽快感はあるのだけれど,よくよく考えてみたら大事な問題が解決していないよね――みたいな*2
 端的に言うと,これではトルティニタが報われない。シナリオの中盤で姿を消していくため,プレイヤーの意識には残らないよう工夫されている。演出としては評価できましょう。しかし私は,これをグラン・フィナーレとすることを躊躇します。「二人のフィーネ」に,共に等しく福音がもたらされてこそ交響曲(シンフォニー)は完成したと言えるのですから。
 これを,「午前9時」に《奇跡》は起きていなかった,と解釈することでトルタに報いるという道筋を考えてはみました。この悪趣味な思いつきを書き出そうとしたら,なんと id:hajic:20050322#p2 と同じアプローチでした(^^; しかし,これだとテクストをテクストとして受領することを拒絶しなければならなくなるので,あくまでも仮説に留まります。何より私は,この仮説が好きになれない。トルタBADルートの描かれなかったその後,としてならば十分に有効だと思いますけれど。
 音の妖精フォーニは,確かに存在する。そう信じることによって成り立つシナリオがあっても,悪くはないでしょう。

*1:初回限定版:ASIN:B0001FG72E,DVD通常版:ASIN:B0001FG72O,CD通常版:ASIN:B0001FG724,愛蔵版:ASIN:B0009RNAT2

*2:ササキバラ・ゴウ『教養としての〈マンガ・アニメ〉』(ISBN:4061495534)156頁を参照