大学院はてな :: 住所は公園

 研究会にて,大阪市扇町公園住民票転居届不受理処分取消請求事件*1の検討。市町村の管理する公園(の南西隅)で5年余りに渡って生活していたホームレスが,公園を住所として転居届を提出したところ,大阪市北区長が不受理処分を行った。本件は,その取消請求。
 かなり大きく報道された事件で御存知の方も多いと思うけれど,裁判所は請求を認容。テントの所在地である「大阪市北区扇町1-1扇町公園23号」を住所とする転居届を受理すべきであるとした例。

 結論としては,この裁判所の判断は正しい。しかし,首肯しがたいというもどかしさがある。
 この事件は「住民基本台帳法」*2についての争いであると割り切ってしまえば,転居届を受理しなかった区役所の判断は誤りである。類似の事例として,オウム真理教の信者が出した転入届を受理しなかったことにつき,法定の届出事項に係る事由以外の事由を理由として受理しないことは許されないとした最高裁判決がある*3。住基台帳法は「住民の居住関係の事実」に着目し,「当該場所が客観的にみてその者の生活の本拠たる実体を具備しているか否か」をメルクマールとして行政事務のための資料を作ることにある。従って,事実として公園に居住しているのであれば,公園を住所とする転居届は受理されなければならない。
 話がややこしくなるのは,この先。
 社会保障社会福祉に関することでいえば,住民票というのは実はまったく関係が無い。生活保護にしても医療保険制度の利用についても,住所の有無を問わないのです。だから,行政との関係で言えば,本件は訴訟の実益というものが無い*4。なお,住民票が無ければ受けられないサービスは,銀行口座の開設とパスポートの発行ぐらいらしい。
 「ホームレスが公園を住所として住民票を取得できる」ことになってしまうのが法制度上は正しいのに,市民感情としては不適切な結論のように思われるのは,そもそも公共空間に居住しているという〈生活の本拠たる実体〉を与えていることの是非に遡らなければならない,ということなのです。
 ホームレスに対して住民票を発行しないという「絡め手」ないし「水際作戦」で問題解決を図ることは許さない,というのが本件の意義。ホームレス問題を解決するならば嫌がらせをするのではなく,どのような施策を行政が講じるべきか正面から取り組む必要がある,というのが教訓でしょう。

*1:大阪地裁判決 平成18年1月27日 賃金と社会保障1412号58頁
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/c1eea0afce437e4949256b510052d736/1cccd41134377f3a4925711b0005f766?OpenDocument

*2:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S42/S42HO081.html

*3:最一小判 平成15年6月26日 判例時報1831号94頁

*4:それなのにどうして紛争が生じたかについては,弁護士による解説が掲載誌に載っている。どうやら友人宅を住所として形式的に届けていたところ,実体がないことを理由に大阪市が登録を抹消しようとしたため,それならばということで公園を住所とする〈正しい〉届けを出したということらしい。