大学院はてな :: それなりの緩和措置

 研究会にて,ノイズ研究所事件の検討。被告Y社は,測定器の製作・販売を行っている会社。給与規則を変更して年功序列型から成果主義型へと変更されたことにより,従業員91名のうち77名は賃金が増額となったが,14名は減額となった。減額となった11名については,経過措置として調整手当を支給することとし,1年目は100%を,2年目は50%を補填することにした。
 本件は,減額となった労働者3名が変更前の賃金を受ける地位にあることの確認を求めた訴訟。なお,原告らの減額幅は,下記の通り。

  1. X1: 基本給33万1,800円 → 26万1,400円
  2. X2: 基本給33万9,800円 → 30万1,800円
  3. X3: 基本給31万1,200円 → 28万0,350円

 第一審(横浜地裁川崎支部判決・平成16年2月26日・労働判例875号65頁)は請求を認容。これに対し,控訴審(東京高裁判決・平成18年6月22日・労働判例経済速報1942号3頁)では逆転し,労働者の請求が棄却されたもの。
 高裁判決は,まず次のように判断枠組みを組み立てる。

 本件賃金制度の変更の内容は,職能資格制度を基本としつつも実質的には年功型の賃金制度であった旧賃金制度を,個々の従業員が取り組む職務の内容と控訴人が個々の従業員について行うその業績,能力の評価に基づいて決定する格付けとによって当該従業員の具体的な賃金額を決定するという仕組みから成る成果主義の特質を有する新賃金制度に改めるものである。新賃金制度における職務給制度は,控訴人が,経営上の判断に基づき,経営上の柱と位置付けた業務との関係において,個々の従業員の取り組む職務を重要性の観点から区別し,控訴人にとって重要な職務により有能な人材を投入するために,従業員に対して従事する職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするものであり,かつ,職務との関係において行った従業員の格付けを固定的なもの,獲得済みのものとせず,従業員がどれだけ自己啓発し,努力したか次第で昇格も降格もあり得ることとするものであって,このような賃金制度の構造上の変更は,上記の経営上の必要性に対処し,見合ったものであるということができる。そして,本件賃金制度の変更は,従業員に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく,賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであり,また,個々の従業員の具体的な賃金額を直接的,現実的に減少させるものではなく,賃金額決定の仕組み,基準を変更するものであって,新賃金制度の下における個々の従業員の賃金額は,当該従業員に与えられる職務の内容と当該従業員の業績,能力の評価に基づいて決定する格付けとによって決定されるのであり,どの従業員についても人事評価の結果次第で昇格も降格もあり得るのであって,自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し,昇給することができるという平等な機会が与えられているということができるから,新賃金制度の下において行われる人事考課査定に関する制度が合理的なものであるということができるのであれば,本件賃金制度の変更の内容もまた,合理的なものであるということができる。

このように,「成果主義賃金の導入は高度の経営上の必要性がある」という価値観をもって一般論が組み立てられているため,その当然の帰結として賃金制度の変更は合理的なものであると結論づけられている。
 そのうえで,個別の労働者にかかる事情の斟酌を行うのである。先例をみると,アーク証券(本訴)事件(東京地判・平成12年1月31日・労働判例785号45頁)では,就業規則を不利益に変更する場合の「合理性」判断をするに際し,

  1. 代替措置
  2. 経過措置
  3. 不利益緩和措置

を求めていた。しかし,本件では次のような説示で合理性判断を通過させてしまっている。

 本件賃金制度の変更により支給される賃金額が顕著に減少する従業員についても特別な緩和措置が設けられておらず,被控訴人らについても上記の経過措置がそのまま適用されたことが認められる。しかしながら,本件賃金制度の変更が旧賃金制度の年功型賃金体系を大幅に改定するものであることにかんがみると,経過措置は実情に応じて可能な範囲で手厚いものであることが望ましいのであり,本件賃金制度の変更の際に実際に採られた経過措置は,いささか性急なものであり,柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえないのであるがそれなりの緩和措置としての意義を有することを否定することはできない。(下線部筆者)

 賃金の減額幅が2割にも達する者がいるにも関わらず,「それなりの緩和措置」で足りるとしているのは論理の綻びがある。かなり問題を抱えた判決といえよう。