美少女ゲーム年代記: 1992「恋愛をシミュレートするという発明」

/* プロットの初出は http://d.hatena.ne.jp/./genesis/20060328/p1 */

恋愛シミュレーションゲーム

 そもそもアドベンチャーとシミュレーションの違いが僕にはいまいち分からない。
 どちらもゲームである以上,何かしらのゲーム性が付随される事は当然なのですが,「探求」と「擬似体験」のゲーム性の違いを明確に分ける事は可能なのでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/./terasuy/20060327/p1

 本章は,この問いかけについて答える形で論を進めてみよう。

ADV=フラグ管理

 例えば,『天使たちの午後』(1988年,JAST)を〈恋愛AVG〉と称することはあっても〈恋愛SLG〉と呼ぶことはないでしょう。初期のAVGは「ゲームブック」になぞらえて説明されることが多かったのですが,まさしく困難を乗り越えていく冒険というのが基本構造になっていました。
 なお,技術面に関する前提知識として,8bit機時代は表示関係の処理能力が極めて低く,画像を表示させるのは贅沢なことだったことは踏まえておいてください(描画技術の進歩については,別な章で改めて取り上げます。)。私がデジタルで女性の姿を見たのは『軽井沢誘拐案内』(1985年,エニックス)が初めてでしたが,肌の色が土気色でありました。

 収録されている画像の枚数が少なかったこともあって〈美少女〉の姿を目にすることは稀少であり,ゲーム内で「宝物」と位置づけられていたのです。そして,希少価値をさらに高めるための工夫として用意されたのがリドル(謎解き)。ゲームがスムーズに進行しないよう,あえて妨害として作用するイベントを散りばめたのです。プレイヤーに困難を乗り越えさせ,苦労して先に進めさせることにより,プレイヤーは強くカタルシスを得るように仕向けられました。プレイヤーにとって最上級の「ご褒美」が,ゲームの最後においてメインヒロインと関係を持つこと――というのがADV型進行の基本です。
 その際,進行管理のためにシステム内で用いられるのが「フラグ」です。チェック・ポイントにおいて要求されたリドルをこなした証として旗(flag)を立てて示す,というのがイメージのもとになっています。

SLG=パラメーター管理

 次に,シミュレーションゲームSLG)の原型を思い起こしてみましょう。古くからあるものとして,フライト・シミュレーターがある。実際には操縦を体験することが難しい出来ない乗り物の運転を疑似体験する類型のもので,1996年に大人気となった電車運転シミュレーション『電車でGO!』(タイトー)もこの系譜に属する。
 次いで登場したのが,ウォー・シミュレーション。広義にはチェスや将棋もこれに属することになる。しかし,現実空間で再現困難な戦闘をパソコン上で疑似体験するということでは『信長の野望』(光栄,1983年~)や『三國志』(同,1985年~),『大戦略』(システムソフト,1985年~)などが代表的であろう。このうち,光栄が導入した経済・経営の概念は『A列車で行こう』(アートディンク,1986年~)により発展し,会社運営や都市建設をシミュレーションの対象とするようになる。
 これらのSLGに共通する性格は,プレイヤーの指示した行動がパラメーター(数値)を変動させるということにある。また,対戦相手がいる場合にはターン(時間)によって区切られる,ということも意識しておきたいところであろう。

RPG=フィールド&キャラクター管理

 ロールプレイングゲームRPG)の本質については,その元となったテーブルトークから見ておくと分かりやすいだろう。プレイヤーはキャラクター(Character)を創造し,ゲームの中でキャラクターを演じて会話を進めていく,というのが楽しみ方である。その際,なりきるべきキャラクターがどのような存在であるのかを示すために,様々な情報が付与される。例えば『D&D』(1974年~)の場合には,種族,職業(クラス),価値観(アライメント),能力(アビリティ)の組み合わせによってキャラクターが表現される。換言すれば,人物を「属性を持ったキャラクター」として把握するというのが,RPGの生み出した発明である。
(途中,未整理)
 先に登場させた『大戦略』であるが,六角形(ヘックス)を敷き詰めたフィールド上で陣地の取り合いをするというものである。ミュレーションとロールプレイングゲームRPG)とが融合した形態になっている。そこでいうRPG的な性質とは,フィールド(空間)上にキャラクターが配置されるという概念で把握されることと言えよう。

感情のパラメーター化

(以下,未整理)
プリンセスメーカー』(1991年,GAINAX
『卒業~Graduation~』(1992年6月,JHV)
▼ 通信簿の初期値

  新井聖美 加藤美夏 志村まみ 高城麗子 中本静
趣味 ツーリング  スポーツ全般  ヌイグルミ集め  乗馬,クルージング  料理,文通,絵画 
HP 60 80 50 60 30
人気
品位 17 50 40 82 50
魅力 40 30 75 85 30
基礎力 42 35 22 62 75
応用力 30 60 30 58 63
語学力 20 65 12 64 60
記憶力 37 32 35 60 72

《人気》の値は,教師(=プレイヤー)が入力する(1)誕生月,(2)血液型,(3)教師の性格(金持ち型/体力重視型/ガリ勉型/熱血型/プレイボーイ型)の組み合わせによって定まる値が与えられる。

▼ 進路

  • 進学: 学力4項目が高い,魅力が高すぎない,品位が低すぎない 
  • 留年: 学力4項目が低い 
  • 結婚: 魅力と品位が高い(志村と中本については,人気が高い場合に先生との結婚もあり得る) 
  • 就職: 魅力と品位が水準程度 
  • アイドル: 魅力が高く,品位が抑え気味
  • 看護婦(TOWNS版で追加): 魅力が水準より低く,水準程度の品位 
  • 私服: 魅力と品位がほどほど。
  • AV女優: 魅力はあるが,品位が低い。

以上の攻略データは,ISBN:4883176355『卒業 I&II アルバム』(1995年,新紀元社)を参照した。

アドベンチャーではなくなる恋愛AVG

 ここで,最初の問いかけに戻ります。冒頭の疑問提起は,もともと次の一文を受けてのものでした。

 皆さんは「アドベンチャー」の定義って,何だと思われますか? 直訳すると「冒険」すなわち危険を承知で敢えて挑戦すること。ゲームジャンルとしての意味は「探求」ということであろうと思います。
 いつからでしょうか。かつては「解き難い謎」を満載していることが、良いアドベンチャーゲームAVG)の定義だった時代があったものですが,今では「いかに正解へユーザーをスムースに誘導するか」がAVGの重要性のようになってしまっている感があります。
http://www.d-dream.com/event/column/column_024.htmライアーソフト 山原久稲)

 進行を妨げるものとしてADV型のゲームシステムが機能していたのは「同級生2」(1995年,elf)あたりが最後でしょうか。「進路妨害としてのゲームシステム」が意味するところについては,RPGに分類されている『RanceIV 教団の遺産』(1993年,Alicesoft)を例に挙げると分かりやすいでしょう。思うにこれは,合間に挿入されていたRPG部(マップを移動してモンスターを倒す)が間延びしたものであり,AVG形式の変形であると私は理解しています。
3)
 他方,伝統的なAVGの作法で作られた作品でも,テーマ性を帯びていくという成熟の動きがありました。それが結実したものが,剣乃ゆきひろの三部作『DESIRE‐背徳の螺旋‐』『EVE burst error』『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』と言えるのではないでしょうか。これが推理小説的な性格を有しているとは言えるでしょうが,それは『殺人倶楽部』(1986年,リバーヒルソフト)等を知る者にとっては,美少女ゲームが物語性を獲得していった結果として生じた〈回帰〉です。
4)
 「恋愛シミュレーション」という言葉を私が初めて目にしたのは1994年の年末,『ときめきメモリアル』が第1次ブームを起こした時だったように記憶しています。ただ,その前史として,〈育成シミュレーション〉を確立した『プリンセスメーカー』(1991年5月,GAINAX)があり,さらには恋愛育成シミュレーションにまで到達していた『卒業~Graduation~』(1992年6月,JHV)がありました。後には,『メルクリウスプリティー 』(1994年,NECインターチャネル)も加わります。

 美少女SLGの系譜を辿るに当たっては,健全化されてしまった『ときメモ』を起点に考えるよりも,その母胎となった『卒業~Graduation~』を軸に考える方が適切な理解が得られることと思います*1

5)
 話を戻しますと,前述のようにギャルゲーにはAVG系とSLG系の大きく2つの流れがあったところ,それがRPG型のゲームシステム上でクロスオーバーを果たした特異点が『同級生』(1992年12月,elf)*2であったと言えるのではないでしょうか。
 その後,ビジュアルノベルが隆盛を極めることになりますが,「ヒロインごとに〈分岐〉した後に長めのテキストを読んでヒロインの心情を〈理解〉しフラグを立てていく」というスタイルが一般化するのは,『痕-きずあと-』以降の話です。高校教師となって5人の女子生徒を指導することを内容としていた『卒業~Graduation~』の頃には〈同時攻略〉というのが当たり前のように行われており,ヒロインを選ばなければならない痛みは未だ顕在化していませんでした。この〈同時攻略〉という制度は,〈泣きゲー〉ないし〈傷つける性〉と対置されるべきコントラストであると考えています。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%FD%A4%C4%A4%B1%A4%EB%C0%AD
6)
 なお,恋愛を切り出された〈育成シミュレーション〉は,いわゆる「調教もの」として独自に発展していきました。その始まりは『禁忌 ~TABOO~』(1995年,SUCCUBUS)だったでしょうか。そこからSMへと特化していったのが『SEEK ~地下室の牝奴隷達~』(1995年3月,PIL)であり,メイドさんを極めたのが『殻の中の小鳥』(1996年,BLACK PACKAGE)&『雛鳥の囀』(1997年,STUDiO B-ROOM)です。
7)
 これらを踏まえたうえで,最初の議題に戻りましょう。現在の主流であるノベルタイプの恋愛ものに対しては,「AVGSLGか」という把握は不適当です。感情をパラメーターとして把握するというSLGの側面と,シナリオ進行をフラグで管理するというAVGの側面,それに,プレイヤーに見せかけだけとはいえ選択の自由を与えてヒロインとの出会いを演出するRPGの側面を併せ有しているから。


参考資料

  • PC エロゲーの紙芝居というか絵物語の文化圏を背負って立つ「つよきす」(http://www.oaks-soft.co.jp/princess-soft/tsuyokiss/)と、コンシューマのギャル時間消費インターフェースの文化圏を背負って立つ「キミキス」(http://www.enterbrain.co.jp/game_site/kimikiss/
  • このふたつの文化圏の違いを大雑把にいえばエロゲーとギャルゲーの違いであり、その思想がどんなふうに違うかを説明するのはむずかしいのだが、まあなんだたとえばフェイスアニメーションやリップシンクに対するスタンスとかで説明すると「エロゲーの場合なんのかんのいいつつも読み物としての読みやすさ至上であり、基本的に遷移フレーム以外では画面上のグラフィックはすべて固定されてあるのが望ましく、それゆえフェイスの切り替えが頻繁なわりに目パチや口パクは除外される傾向があり(←画面中で動いているものがあると、そこに気を取られるので文字メッセージに集中できないのだ)、ギャルゲーの場合は「画面の見た目の楽しさ」がけっこう重要であるため、目パチ口パクの導入はわりあい善」とかそんなかんじになる。

http://d.hatena.ne.jp/./matakimika/20060527#p2

→ 1992年12月17日「ファースト・インパクト――『同級生』」

*1: 引用画像は,復刻版(ASIN:B0002F3JM4

*2: Wikipedia - 同級生