ONE on the contexts

 d:id:then-dさんの呼びかけにより製作され,2007年8月のC72にて頒布された『永遠の現在』に寄稿した文章のうち,序から中盤にかけての部分です。なお,現時点では残部が未だあるそうなので,興味ご関心をお持ちの方は問い合わせてみてください。

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 まず最初に『E-Login』1998年8月号に掲載されたセールス・ランキングを見てみよう。これは,全国47店舗から寄せられた販売状況データをもとに作成されたものである。

1.  臭作  エルフ  1998-03-27  3,740 pt
2.  WHITE ALBUM  リーフ  1998-05-01  3,604
3.  DiaboLiQue  アリスソフト  1998-05-28  2,601
4.  王道勇者  アリスソフト  1998-04-02  2,448
5.  キャッスルファンタジア  studio e.go!  1998-05-22  2,108
6.  ONE  Tactics  1998-05-29  2,057
7.  紅い瞳のセラフ  BISHOP  1998-05-02  1,581
8.  アスガルド  ZONE  1998-04-17  1,411
8.  Natural  フェアリーテール  1998-02-06  1,411
10.  DAWN*SLAVE  U-Me Soft  1998-05-29  1,064

 集計対象期間は同年5月7日~6月4日であるから,5月29日に発売となった『ONE』にとっては不利であることは否めない。しかし,歴史を遡って眺める目からすれば,あまりにも不遇な位置づけとして写るだろう。翌月号を見ると,すでに『ONE』は売上げランキング外である。かろうじて「読者が選ぶ期待の新作ソフト」の欄に名前が見られるのみであるが,それにしても6位止まり。
 なお,翌月号の1位は4,335ポイントを獲得した『下級生』(エルフ,1998年6月26日発売)である。1998年を代表する大作『WHITE ALBUM』と『下級生』の狭間にあって買い控えが起こっていたにしても,同時期発売の作品との比較で見ても売れていないことの説明にはなるまい。
 より詳細なデータを求めて『月刊デジタルメディア・インサイダー』(ギャガ・コミュニケーションズ刊)を参照してみよう。この資料は,当該時期において最も信頼に足るデータを提供している。それによれば,1998年5月に5,670本が売れたと計上されている*1。推計によると,『ONE』の出荷本数は初回版が約9,000本,通常版が約6,500本であるとみなされている*2。1998年の年間売上げ本数は,『臭作』が約9万4千本,『WHITE ALBUM』が約6万5千本,『下級生』が約5万4千本であると言われているから,上位作品との比で市場規模を考えると凡そ十倍の開きがあったことになる。
 続いて,美少女ゲーム雑誌としては老舗にあたる『パソコンパラダイス』を開いてみる。発売前月にあたる1998年5月号では62作品中39番目での登場という下位の位置づけであるが,何にも増してページの最上部に添えられた一文が目を引く。

「ちょっと…恐いかも」

さらに〈いたる絵〉に添えられたキャプションは

「表裏があったり盲目だったり失語症だったり自閉症だったり,女のコはみんな個性の塊?」

だ。およそ購買意欲を掻き立てるには程遠い紹介のされ方である。販売戦略に関しては販売元であるtacticsにも帰責するところであって,この号には広告掲載があるけれども,肝心の翌6月号には見当たらない。
 しかし,秋風碧氏の呼びかけにより実施された「1998年ベスト恋愛ゲーム投票」では,第4位(15票)につけた『Natural ~身も心も~』(同年2月,フェアリーテール)はおろか,『WHITE ALBUM』すら第2位(45票)に退け,『ONE』が圧倒的な支持(65票)を集めて第1位につけるという快挙を成し遂げている。なるほど,これは『ONE』のテクストが高く評価されたことの表れであろう。
 しかし,本稿では作品の内側へと立ち入ることを遠慮して,コンテクスト上の『ONE』を思い起こしてみようと思う。

2

 『美少女ソフト全カタログ '90‐'97』*3という文献がある。後に編まれた『美少女ゲーム歴史大全』*4の方が広い期間(1982年~2000年)を扱っていて網羅的であるし,解説がコラム風に仕立てられていて読み物としては上なのだが,カラーページの割合が少なく掲載写真は限定的である。対して『全カタログ』の方は添えられた文章は簡素であるものの,凡庸な作品に対しても分け隔て無く画面写真をカラーで載せているし,価格・発売機種・媒体などDOS時代ならではの情報がまとめられている。
 いずれも美少女ゲーム史を整理しようと試みた史料として有用であるが,編集方針の違いに着目して眺めてみると,当時の状況を偲ぶことができる。
 『全カタログ』については先に《'95年度版》*5が刊行されており,こちらでは846本のソフトが収められている。それが《'97年版》になると1,026本に膨れあがったため,上下巻の分冊になっている。さて,あなたが編集者であったならば,どのようにして二分割するだろうか?
 本書の場合,ブランド名の順にページ構成をしているのにも関わらず,事典のように五十音で区切ることをしなかった。上巻も下巻も「アーヴォリオ」の作品から始まるのである。ではどうしているのかというと,その性質をもって分類をしているのだ。

  • 上巻(512本): AVG
  • 下巻(514本): RPGSLG,テーブル&カード,クイズ&パズル,アクション,データ集

かかる区分法によって,均等な配分を得ている。ちなみに,リーフの『雫』『痕』はAVG編へ収載されている。
 パソコンゲームAVGRPGSLGという性格でもって分類することは,その黎明期にあっては自然な思考であった。例えばパソコン通信PC-VAN」のパソコンゲームSIGは,1994年の改組時にボードを上記の3つに分けている。端的な例を挙げていくと,『オホーツクに消ゆ』みたいに謎解き要素を含むものはAVG,『ドラクエ』や『ウィザードリィ』みたいにキャラクターを操るのがRPG,『信長の野望』『大戦略』みたいに数値を操作するのがSLGであるという認識があった。美少女ゲームにしても,見せ場に出てくるグラフィックの質が異なるという差異はあるが,1980年代にあってはAVGRPGSLGになぞらえたゲーム構造を持っていた。
 1982年に発生し四半世紀を経るに至った美少女ゲームが,その構造において変革を遂げたことは3回ある。
 まず第1が『プリンセスメーカー』(1991年5月,GAINAX)であるが,これによりキャラクターを数値情報でもって捉える手法が編み出された。子育てSLGという体裁を装っていた『プリメ』は美少女ゲームの持つ欲望を去勢していたものの,その虚飾は『卒業~Graduation~』(1992年6月,JHV)によって剥ぎ取られ,ここに〈恋愛シミュレーション〉が成立する。このフォーマットは『ときめきメモリアル』(1994年5月,コナミ)によって完成度が高められ,〈ギャルゲー〉の型として普及していくこととなる。なお,数値化という手法の先に現れたのが,SM調教シミュレーションである『SEEK ~地下室の牝奴隷達~』(1995年3月)であり,メイドさん育成調教シミュレーションたる『殻の中の小鳥』(1996年,BLACK PACKAGE)&『雛鳥の囀』(1997年,STUDiO B-ROOM)である。
 第2の変革は,『同級生』(1992年12月,elf)によって成された。端的に表現すれば,「AVG系とSLG系という2つの流れが,RPG型のゲームシステム上で融合した」のである。当時を述懐して,馬場隆博ビジュアルアーツ代表取締役)は次のように言う。

 それまでのエロゲーといえば,移動先である「場所」に,キャラクターやそのセリフ,そして主人公のモノローグなどいわゆる「シーン」がくっついている構造をしていました。この「シーン」をひとつひとつクリアしてゆくことこそが,ゲーム部分の本質になっていました。しかし『同級生』では,この「場所」を中心としたシーン構成から,なんとキャラクター,つまり「ゲーム内の登場人物」にセリフや主人公のモノローグをくっつけたシーン構成になっていたのです。(中略)
 この作品が発表された瞬間から,あちこちと移動を繰り返し,エンディングを目指していくというそれまでの「ゲーム」は,それぞれの物語を何度も楽しめ,バーチャルな恋愛や感動できる人生をリアルに,そして感情豊かに疑似体験できるという「なにか」へと変革を遂げたわけです。
『PC Angel』2002年10月号64‐65頁より引用 

これにより,従来シーケンシャルであることを余儀なくされていたゲーム進行は,格段に自由度を得ることになる。
 そして第3の変革が,いわゆる〈ビジュアルノベル〉の登場である。先ほど『美少女ソフト全カタログ』を引き合いに出したところであるが,そこで見られたようなAVGRPGSLGという分類手法を無効化するほどの影響力を与えたのである。

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 ビジュアルノベルという手法を美少女ゲームに取り込んだことがリーフ三部作の功績である――というのは衆目の一致するところであろう。すなわち,『かまいたちの夜』(1994年11月,チュンソフト)によって考案された,プレイヤーを文章と音楽によって構成される物語世界へと引き込む手法の適用である。
 ミステリーやSFの要素を加えることでシナリオを構成することにかけては,剣乃ゆきひろ菅野ひろゆき)が先んじていた。『DESIRE ~背徳の螺旋~』(1994年7月,シーズウェア),『EVE burst error』(1995年11月,シーズウェア),『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(1996年12月,elf)の三部作が金字塔であるが,ゲームシステムを組み立てることから剣乃の作業が始まっていたことに留意しなければならない。
 1996年は,前年11月に発売されたWindows95が普及を遂げた年である。1996年12月,アリスソフトは『鬼畜王ランス』をWin専用CD-ROMで提供しており,潮目の大きな変化であった。換言すれば,1996年はPC-9801(のVM仕様)を極限まで使いこなすことができる技術水準にまで到達していた時期でもあった。大手ソフトハウスが大作を出す傾向が強かった頃であり,エルフの『下級生』(同年6月)はフロッピィディスク17枚組,アニメーションで知られるソニアの『VIPER-CTR ~あすか~』(1997年1月)に至ってはFD40枚組。陵辱ものでも,スタジオメビウス『悪夢 ~青い果実の散花~』(1996年4月)は修学旅行中の女子生徒22名を拉致するまでに人数が膨れあがる。また,フェアリーテールはコスプレ要素をいち早く取り込んで『Pia☆キャロットへようこそ!!』(1996年7月)を製作しており,ポップな恋愛路線を手堅く抑えている。
 このようなDOS時代の爛熟期にあって,『雫』(1996年1月)ならびに『痕』(1996年7月)はオカルト的要素を織り込むことにより,独特のポジションを得るに至った。だが,高橋龍也水無月徹のコンビは,第3作目で“あえて”別路線を選択し,学園を舞台にした恋愛もの『To Heart』(1997年5月)を発表した。
 プロデュースした高橋の発言を追うと,かなり策略的に作品を組み立てていたことが伺える。2000年5月に公開されたTINAMIXインタビューでは,製作にあたって何を意識したかを問われたのに対し,次のような返答を返している。

 やはり会社を大きくして、体力をつけていかなくては、という切実な思いがありまして。それよりもいま『To Heart』をやっておかなきゃと思ったんです。この頃ファンタジーをやってたら、いまのようなメーカーじゃなくて、よりマイナーな層に支持されつつも、小さいビルのままの会社だったと思います。
http://www.tinami.com/x/interview/04/page5.html

 そのような製作態度で臨んだが故に,次作は前三作と趣を異にする『WHITE ALBUM』(1998年5月)だったのである。シナリオは原田宇陀児,原画はら~・YOU(カワタヒサシ)。高橋と水無月は『WA』にあっては一歩退いた立場での関与であるため,リーフの手になる正統なビジュアルノベルとしては認識されていない。
 その後,リーフは『こみっくパーティ』(1999年5月),『まじかるアンティーク』(2000年4月)と別路線を歩んでから,ノベル形式の『誰彼(たそがれ)』(2001年2月)をリリース。その間にみられる高橋の活動は,1999年4月から放映されたアニメ版『トゥハート』の監修であったりPlayStationへの移植作業であったりして表に出てこないものであり,高橋&水無月に対する渇望が続く状況に陥っていた。だが,その直後の2001年2月に暴露された通称「552文書」において,原田に加え高橋と水無月までもが退社していたことが明るみになったことから,リーフの原理主義的支持層は瓦解する。補足的に述べておくと,匿名掲示板「2ちゃんねる」は1999年5月に運営が始まっているが,この時期にはおたくネットワーク社会の動向を左右するに足りるだけの影響力を有するに至っていた。
 ファンダムの動向から見ると,『ときメモ』により芽吹いたギャルゲー系同人誌市場が,次なる対象を欲していた時期に現れたのが『To Heart』であった。経験的に言ってジャンルの賞味期限は長くても2年程度であり,大衆としての興味は次々に変化していく。そのコンテクストにおいて言えば,「高橋&水無月のリーフ」が長期間にわたって新たなコンテンツの提供をしなかったことは,二次創作市場において致命的であった。その間隙に対して絶妙な送り込みを行い,『To Heart』の後任としての地位を得るに至ったのが『Kanon』(1999年6月)だったのである*6。その後,このバトンはKeyというブランドへの支持を介して『AIR』(2000年9月)へと渡ってから,ビジュアルノベル形式というフレームワークを踏襲した同人作品TYPE-MOON月姫』の発見(2000年の冬コミ後に爆発的な波及が起こる)へと繋がり,同様の言及効果を巻き起こすことに成功した07th Expansionひぐらしのなく頃に』(2004年秋より話題を呼ぶ)へと引き継がれていくことになる。

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 それでは『ONE』は,どのようなコンテクストに置かれるのか。
 後続群との関係で言えば『Kanon』が評価されるための素地を用意した,ということに尽きる。きつねさま氏とワンド氏によって収集されたBLISTによれば,1999年だけで470本近い数の作品がリリースされている*7。次のトレンドとなり得る候補は,多数用意されていたわけである。『To Heart』が醸成したものの一つに,学園を舞台とした恋愛ドラマという筋立てがある。そしてもう一つ重要なものとして,女の子たちとの心地よいコミュニケーションを育む〈仲良し空間〉という構造がある。先にも挙げたTINAMIXインタビューにおいて,高橋は次のように言う。

 たとえばあかりと恋人同士になったからといって、他との関係が終わるわけじゃないんですよ。あかりを選んだから志保はいなくなった、にはならないんです。『White Album』はそういう決断をしなければいけなかったんですけど、『To Heart』ではそういうつらい選択は抜きなんです、あえて触れてないんです。
http://www.tinami.com/x/interview/04/page5.html 

 リーフは『WHITE ALBUM』で〈仲良し空間〉を崩し,新たなテーマを提示してみせようとした。その企図は達成されたわけであるが,受け手の支持を得られたわけではなかった。おたくコミュニティが総体として望んだのは〈仲良し空間〉の維持・継続だったのである。その意味では『ONE』というコンテンツが最も適合するものであった。さらに,『To Heart』の構成要素を分解したうえで再構築してみせたことも『ONE』の功績であろう。状況設定を説明する装置としての幼馴染みであった「神岸あかり」は長森瑞佳へ,〈仲良し空間〉を象徴する「長岡志保」は七瀬留美へと組み替えられるというパスティーシュが行われている。


(この後の文は黒歴史になりました。ボクのこと忘れてください。)

*1:http://www.alles.or.jp/~syaran/marimo/doukou/9805.htm

*2:http://www.alles.or.jp/~syaran/marimo/honsuu/tactics.htm

*3:ISBN:4885327067〔上巻〕 ISBN:4885327075〔下巻〕 コスミックインターナショナル,1997年3月

*4:ISBN:4821107171 ぶんか社,2000年9月

*5:ISBN:4773007419 笠倉出版社,1995年12月

*6:周辺状況を記しておくと,『カードキャプターさくら』が1998年4月から衛星波で,翌99年4月からは地上波で放映されており,二次創作の主要な活力となった。

*7:http://www.aa.alles.or.jp/~syaran/list.htm