大学院はてな :: 契約更新回数の上限設定 改め 契約締結過程における信義誠実の原則

 研究会にて,近畿建設協会(雇止め)事件(京都地判・平成18年4月13日・労判917号59頁)について報告をする。

事案の概要

 本件被告会社Yは建設事業施行の調査研究を行う会社。原告労働者Xは,Yの水質検査支所において,水質検査のデータ入力作業や報告書作成業務に従事していた。
 Xは,1997(平成9)年8月に雇用期間を1年とする「業務職員」としてYに採用され,3回の更新が行われた(cf.労判61頁右上)。4度目の契約期間の中途である2001(平成12)年5月1日にXは「管理員」としてYに採用されたことから,業務職員としての契約はその前日をもって終了することとし,Xは退職金として36万余円の支払いを受けた。
 管理員就業規則によれば,管理員としての雇用期間は1年であり,「但し,業務の都合によりYが必要と認めた場合には更に雇用期間を更新することがある。雇用期間の更新当初の1年を含めて5年を限度とする。」との記載がある。Xの場合には4回の更新が行われ,本件雇止めは管理員としての雇用期間が5年に達した時点で生じたものである。契約の更改にあたっては,その都度に辞令と期間満了通知書ならびに同受領書が取り交わされていた。
 2004(平成16)年4月1日の辞令交付の際,A支所長は「本年度で管理員としての期間が5年となるので来年度は管理員としての更新は出来ない」,「業務職員として働いてもらえるか」と意向を聴取している。この時点でXは,同僚のBとともに「業務職員でお願いします」と返答したが,同僚Cは当年度で辞めることを伝えている。
 さらに2005(平成17)年2月8日,XはA支所長に対し,同年5月以降の処遇では給与がどうなるのかや,昨年度に管理員が採用されているにも関わらずどうしてXらが業務職員にならなければならないのか――を質問した。
 2005(平成17)年4月28日,Yは同月30日をもってXが退職する旨の退職辞令を交付し,雇用契約の更新を行わなかった(本件雇止め)。
 そこでXは,労働契約上の地位確認と,管理員としての賃金支払い(雇止めの直前3か月における平均給与月額20万8794円)を求めて提訴した。
 Xは更新拒絶には合理的理由が無く,仮に「管理員」としての雇用更新ができないとしても「業務職員」としての地位を有していることを主張。これに対しYは,管理員としての雇用期間は最長5年であるし,このことを事前にXに対して説明していたのであるから「期間の定めのない労働契約」と実質的に異ならない状態になっていたわけではない,と主張した。加えて,管理員と業務職員は雇用条件が異なるものであるし(cf.労判62頁右下),Xが業務職員として契約を更新する合理的期待を抱くような事情は存在しないとも主張した。

判旨

 一部認容(賃金月額18万8000円を受ける業務職員としての労働契約上の地位を認める)

 「Xは,積極的に同年5月1日以降,業務職員としての雇用継続を明示的に拒否したとまで認めることができず,かえって,雇用継続の意思を有し,そのことをA支所長に話していたことが推認され」る。

本件雇用契約は《期間の定めのない労働契約》と実質的に異ならない状態となっていたか
 「Yは,Xに対し,業務職員のみならず管理員としてXを雇用する際,いずれも期間1年の期間雇用であることを説明し,その更新に当たって,その都度,更新時の1か月ぐらい前にXに次年度も働くのか,その意向確認をしてきた。また,管理員の雇用期間終了にあたっては期間満了の通知がなされ,その更新当初の各年度の4月1日に当該年度の雇用に関する辞令が交付されるとともに職員の前でその辞令内容(中略)が読み上げられてきた。」
 「以上の事実からすると,XとYとの間の雇用契約は《期間の定めのない労働契約》と実質的に異ならない状態となっていたとまで認めることはでき」ない。

管理員としての雇用継続に対する期待
 「Xは,平成12年5月1日からの管理員としての雇用契約を結ぶにあたって,A支所長から同雇用契約は1年更新で最長5年との説明を受け,その際,5年後はどうなるかと質問した際,A支所長からわからない旨の応答を受けている。」また,平成16年5月1日以降に係る契約更新の際にも,「雇用期間が5年となるため終了する旨の説明を受け」ている。
 以上の事実を踏まえると,Xは,平成17年5月1日以降につき「管理員としての雇用契約の更新についいぇ期待を有していたとまで認めることはでき」ない。

業務職員としての雇用継続に対する期待
 「Xが業務職員として行ってきた業務と管理員として行ってきた業務は同一で……その質的相違を強調することはできない」ところ,「Xに対する管理員としての雇用契約の更新拒絶が正当としても,平成17年5月1日以降における業務職員としての雇用拒絶が当然に正当化されるわけではない。」
 「Yは,〔1〕Xについて,平成16年度の更新時に平成17年度における業務職員としての雇用について同人から事前確認をとるなど,元々,同日以降,Xを業務職員として雇用することを予定していたこと」,〔2〕仮に業務職員として雇用されていれば有給休暇は持ち越せる扱いになっており「更新予定の業務職員と管理員との継続性があること」,〔3〕Xは「管理員としての更新を要請していた間も少なくとも業務職員業務職員としての雇用継続の意思を有し」A支所長に伝えていたこと,〔4〕Xと同じ立場にあったBは業務職員としてYとの雇用契約が継続されていること(丸数字は報告者の整理による)を踏まえると,
 Xが「少なくとも業務職員として雇用契約が更新されることを期待していたこと,その期待には合理性があることが推認され」る。Xに対する業務職員としての雇用契約締結拒否は「その実質,雇止めと同様の効果を有し,権利の濫用といわなければならない。」

評釈

判旨反対

1. はじめに
 本件の特質は,〔1〕業務職員(月給18万円台で更新上限は無し)と管理員(月給20万円台で最長5年)という2段階の職位に分かれていながら,その職務内容は全く同一であったこと,〔2〕1年単位の更新手続はきちんと行われており,管理員としての雇用期間の上限も労働者に伝えられていたこと,〔3〕原告労働者と同一の条件にあった他の労働者がおり,しかも1名は契約期間満了を理由に退職し,1名は業務職員として引き続き雇用されている――といった事情の下で生じた事件だということである。特に,契約の更新回数につき明確な上限が設けられていたという点では類例があまり無く,重要な事件だと思われる。
 講学上の設例かと思えるほどに明確な図式が描かれた事案であり,短期労働契約の更新をめぐる今日的課題を考察する上で恰好の素材といえよう。
 加えて,契約の更改にあたっては「変更解約告知」に似た処理が行われている。この点も検討する必要がありそうな事案である。

2. 判例法理を振り返る
 東芝柳町工場事件(最一小判・昭和49年7月22日・判時752号27頁)は,期間2か月の臨時従業員が5〜23回に渡って契約の更新がなされていた後に雇止めされた事案であるが,(1)契約期間満了の都度直ちに新契約締結の手続を採つていたわけではないこと,(2)従事する仕事内容が本工と差異はなく,長期継続雇用を期待させる言動があったこと,(3)臨時工が2か月の期間満了によって雇止された事例は見当らないこと――を理由として,雇止の効力の判断に当っては解雇に関する法理を類推すべきことを示している。そして,日立メディコ事件(最一小判・昭和61年12月4日・判タ629号117頁)において「有期契約が期間の定めのない雇用契約と「実質的に同視できない場合でも,雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合は,解雇権濫用法理が類推され」るとの判断枠組みが確立し,裁判実務において定式化されているところである。

3. 雇止めをめぐる現状
 しかしながら判例法理が確立されて30年余りが経過し,「使用者の更新拒絶がより巧妙になってきた」というのが実状である。実務では(1)のような更改手続を経ることは定着するに至っているし,(2)についても期間が設定されていることを契約の都度に伝達する(すなわち,雇用継続にかかる合理的期待を生じさせないようにする)ことも一般的に行われている。短期労働契約の更新をめぐる今日的状況にあっては,上記判例法理の枠組みを再検討するところから検討を加えなければならない状況にある。実質的な無期労働契約状態が存在することをメルクマールとしつつ「解雇権濫用法理の類推適用」によって問題の解決を図ることには既に歪みがきている。
 有期労働契約の更新拒絶については,学説においても様々な議論が交わされている。例えば島田陽一教授は,期間設定には社会的合理的理由を要求すべきであることを,小宮文人教授は有期労働契約が一定の雇用継続期間を超えた場合には無期労働契約となったものとみなすことを,それぞれ提唱しておられる。

4. 雇止めについての検討
 評者の見解であるが,こと〈年度単位〉で労働契約の期間を設定することには合理性が存在すると考える。例えば教育関連の業務であれば年度単位で顧客(=学生)の数が変化するため,この増減に対応した労働力調整を行うことが容易に推認できるからである。また,契約の初期段階については労働者の職務遂行能力を見極めるための期間という試用期間に類似した機能があることから,期間を設定することについては緩やかに解し,初回の契約については期間満了を理由として終了させる余地も多いと考える(もっとも,従来は期間の定めがなかったところを欺罔して期間の定めに移行させたような場合については,移行時の説明などを厳密に見るべきことは言うまでもない)。
 しかしながら,ひとたび更新が行われた後については,契約期間が満了したことのみを理由に雇止めをすることは許されないと理解すべきであろう。期間を設定することは許容しつつも,更新拒絶を理由とする雇止めにあたっては《客観的に合理的な理由》が存すること(例えば,受注業務量の減少)を使用者に提示させるべく,新たな判例法理を構築する必要がある。(中略)
 1998(平成10)年の労働基準法改正により法14条が改められ,最長3年の契約類型が新設された。もし,使用者が3年(ないし5年)という期間を区切って労働者を雇い入れたいと考えるのであれば,法の定めるところに従いという形式で雇い入れるのが筋であろう。判例法理にいう《雇用継続に対する期待》に則って事案を処理するにしても,雇用継続の期待に関しては「n年契約×1回」と「1年ごと×更新n回」では同一の継続年数であっても異なる取扱いをし,後者については期待が発生することを強く認めるようにしていくのが妥当ではなかろうか。

5. 本件雇止めについて
 本件にあって管理員と業務職員の従事する職務の内容に異なるところはなく,上級の管理員であれば期間設定が合理的となる事情は認められない。当初より複数年単位で契約を締結していたのであれば格別,本件ではそのような事情は存しない。契約の更新回数について上限を定めることは,信義則(民法1条2項)に反するものであるから違法である。

――というのを考えていったわけです。用意原稿を読み終えたところで,教授から一言。
 「契約締結拒否パターンの事案じゃないの?」
……
…………
………………あぅ。
 そっか,事実関係だけを見れば,使用者が翌年度につき業務職員としての新たな労働契約締結の申込みをしており,それに対して労働者が「業務職員でお願いします」と承諾の意思表示をしているから,前年4月の段階で諾成(だくせい)契約が成立しているとみて差し支えないのか……。とすると,当年2月以降の使用者の対応は「契約申込みの撤回」として捉えられ,これは信義則に反するから無効である,と処理すればエレガントに解決できる。
 判決文が《有期労働契約の更新拒絶》法理を組み込んで処理しているので,そちらに引きずられてしまったよ。