大学院はてな :: 不規則労働と過労死の因果関係

 今日は研究会で,国・国立循環器病センター(看護師・くも膜下出血死)事件(大阪地裁判決平成20年1月16日労働判例958号21頁)を討論。報告者は私。
 この事件は,25歳の看護士Aさんが勤務を終えて帰宅した後に自宅でくも膜下出血を発症して死亡したことについて公務(業務)起因性――いわゆる過労死に該当するか否かが争われたもの。
 過労による脳・心臓疾患の発症をどのように扱うかの判断指針として厚生労働省が提示しているのは『心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について』(平成13年12月12日基発第1063号)でありますが,この中の「長期間の過重業務について」では,

  1. 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる
  2. 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる

という基準を示しています。本件の場合,被災者であるAさんの時間外労働時間数は,発症前6か月間につき平均して「50時間34分」でありまして,認定基準の時間数ではボーダーラインに位置します。事実,労働災害の認定を所轄する審査機関では,公務起因性を否定する判断を示していました。
 この判断の適否を争った司法審査において裁判所(裁判長:山田陽三)は,Aさんの発症に公務起因性を認めたものです。まず前置きとして,本件の事情の下では裁判所であっても時間外労働の長さだけからは過労死であったと評価は出来ないとします。

「発症前6か月間の時間外労働の平均は,約52時間22分であり,単に時間的(量的)な過重性を平均化してみる限り,通常,この程度の時間外労働により発生する疲労をその都度回復することは可能であり,本件指針に照らすと,時間的(量的)過重性のみをもって,本件発症の公務起因性を認めることは困難というべきである。」

 そのうえで裁判所が着目したのは勤務シフト表。Aさんの勤めていた病院では「深夜勤」「日勤」「準夜勤」「早出」「遅出」という5種類の勤務形態があり,これらを組み合わせて勤務が組まれていました。そして,勤務の組み合わせによっては勤務と勤務の間が5時間程度になってしまう場合があり,しかも,その頻度は月に5回程度発生していたことから,このような不規則勤務では十分な休息がとれないことを指摘します。そして,『脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書』(厚生労働省,平成13年11月15日)が,変則的労働は変則的労働は心血管疾患発症のリスクを高めると報告されていることを併せ考慮するときには,

「その過重性は,本件指針で規定する〈通常の業務に比較して特に質的若しくは量的に過重な業務〉に匹敵する」

ものであるとし,結論として本件発症の公務起因性を認めたものです。
 認定窓口では,基準の明確さが求められますので,時間外労働の長さを第一の判断要素として見ざるを得ません。不規則労働の場合には総合判断が求められるので困難を伴いますが,ボーダーライン上に位置する本件の処理は参考になるものと思われます。