大学院はてな :: フライトアテンダントから地上職への配転

 研究会で,ノースウエスト航空〔FA配転〕事件の報告をしてきました。

事案の概要

 第一審被告Y社はアメリカ合衆国に本店を持つ航空会社である。第一審原告Xら5名はYの従業員であり,いずれも本件紛争発生前まで客室乗務員(フライト・アテンダント,以下FA)として就労していた。
 Yには,FAの他にも旅客機に搭乗して機内サービス等に従事する者として,雇用期間を1年間とする契約社員たるIFSR(インフライト・サービス・レプレゼンタティブ)を設けている。IFSRが旅客機内で保安業務に従事するためのトレーニングプログラムを終了した者は,QIFSR(クォリファイド〜)と称される。Yは,日本地区で採用した日本人IFSRを,アメリカ地区で採用した米国人FAとともに太平洋路線に乗務させている。IFSRの乗務基地は,成田空港,関西空港名古屋空港にある。
 Yには,日本地区の従業員で構成される唯一の労働組合があり,東京ベースのFA85名のうち84名が組合員であって,Xらはいずれも組合員である。なお,日本地区のIFSRはすべて非組合員である。
 Yの日本地区就業規則20条A項には「業務上の都合あるいは本人の希望により,同一職場内に於ける職種の変更又は他の職場内ないしは地域への転出,転任を当該本部長・部長,及び人事・労務本部長の承認を得て行う事がある。」との規定が,同条B項には「社員は異動を命ぜられたときは正当な理由がなければこれを拒むことはできない。」との規定がある。
 Yの平成14年度労働協約第1部38条では「業務上の都合或は従業員の希望に依り同一職場内に於ける職種の変更又は他の職場への転出又は他の地域への転任を当該部長及び日本地区人事・労務本部長の承認を得て行うことがある。(後略)」と定められている。
 平成13年5月頃,Yは同年9月末をもって大阪‐KULクアラ・ルンプール(マレーシア)線およびKHH高雄(台湾)線を廃止し,当時関西空港にあった大阪ベースを閉鎖することを決定した。Yは,同年8月ころ,大阪ベースの廃止によってFAの余剰が生じるとして,X2およびX4を含むFA9名を,その個別的な同意を得ずに,成田旅客サービス部等の地上職に配転した。
 Yと支社組合は,かかる配転を契機として生じた問題について団体交渉を行い,平成14年4月9日に《労使確認書》を作成した。労使確認書1項ではX2およびX4を含む6名をFAに配置転換することとされた他,3項には「Yは,第1項の6名を含む客室乗務員であるすべての組合員については,資質,適性,執務能力がある限り,客室乗務員としての職位を失うことがないように努力する。」ことが,5項には「Yは,会社の業務上の必要に基づき,あるいは会社の経営改善等のために,新たな制度を導入し,あるいは客室乗務員の労働諸条件,諸制度を変更し,あるいは経営改善のための諸施策を実施することがある。但し,組合が要求した場合は,Yは誠意をもって組合と協議する。」ことが記載されている。
 Yは,平成15年2月4日,東京ベースのFAに対し,同年3月からFAの人員を15名削減する旨通知した(なお,Yが募集した早期退職制度には3名が,長期会社都合休職制度には4名が応募した)。2月21日,Xらを含む8名に対し,成田旅客サービス部に所属するカスタマー・サービス・エージェントへの異動を命じた(本件配転命令)。Xらは異議申立て書面を提出し,本件配転命令に不服がある旨を申し立てつつ,成田旅客サービス部での業務に就いている。
 第一審段階における争点は,[1]Xらを採用する際に,職種をFAとする合意があったか,[2]本件労使確認書を作成することによって,組合員であるFAの職種をFAに限定されたのか,[3]本件配転命令は権利の濫用に当たるか,[4]本件配転命令は不当労働行為に当たるか,[5]精神的損害に対する各100万円の慰謝料請求である。

原審

 第一審(千葉地裁判決平成18年4月27日労働判例921号57頁)は請求棄却。採用時において客室乗務員としての職種限定の合意はないし,労使確認書によっても職種が限定されたわけではない,というものです。

本判決

 それが控訴審(東京高裁判決平成20年3月27日労働判例959号18頁)では,フライトアテンダントたる地位の確認請求・慰謝料請求がともに認容されました。判決の基本枠組みは,東亜ペイント事件最判(最二小判昭和61年7月14日労判477号6頁)を参照しています。

ア)業務上の必要性の有無・程度について
 「Yが,各部署の余剰人員を調査し,真に余剰のある部署について,人員調整などの措置を講じること自体は,必要性があったといえる。」
 東京ベースのFAを15名削減することの必要性があったのかについて検討するに,
(b)「Y太平洋地区の財務部門が,東京ベースのFAのうち現在の余剰を15名と認定した根拠は,アルティチュードを用いた試算の結果であるとされている。」,
(c)本件訴訟の資料として試算結果は提出されておらず「その検討過程の妥当性を検討することができない。」,「アルティチュードというソフトは……その問題処理の論理(中略)がどのようなものなのか,前提とされている条件や数値がどのように設定されているかは不明であり,余剰人員の算出に利用できるものか否かも不明である。」,「Yが行ったという試算にあたり……Yからすれば最も都合の良い条件(それまでの配置人数とはことなる条件)を設定して,最も合理的なFAの乗務パターンを策定したのであるから,その結論が東京ベースのFAに余剰があるとの結論になることは,当然のことともいえる。」,
(d)本件配転命令の直後の時点(平成15年4月)から控訴審段階(平成18年12月)に至るまで,東京ベースFAが乗務する路線・機種はそれほど変化しておらず,FAの不足が問題になったことはない,
(e)「Yが主張するFAの人員の余剰の発生の直接の原因は,日本人FA,QIFSRが乗務する便数が21便増加したのに対し,QIFSRが乗務する便数をゼロから28便とし,乗務するQIFSRをゼロから58名にする一方で,FAの乗務する便を62便から55便に減らしたことにあることは明らかである。」。
(f)「以上から,FAに余剰人員があるとYが考えるようになったこと,上記(d)記載のFAの人数が減少したのにFAの不足が問題になったことがないのは,Yが,アジア路線において,FAに比べて給与等が低いQIFSRを乗務させる便数を急速に増大させ……た結果である。」
 「本件において,Yが主張する,東京ベースのFAには余剰があったということは……上記のようなYのとった短兵急な施策,方針(OIFSRの積極的活用)により作り出されたものと認められる。したがって,Yがアルティチュードにより,自ら最も効率的な条件を設定して,最も合理的なFAの乗務パターンを策定した結果,東京ベースのFAを15名削減する必要性があったという結論が出たとしても,それをもって直ちに業務上の必要性が高いと評価するのは相当ではない。」

ウ その他の事情
 「本件労使確認書は,……信義則上,可能な限り遵守されるべきことは当然であり,その協約と矛盾するような行為を行うことは,許されないというべきである。」
 労使確認書で合意されたFAの職位確保に関する努力義務につき,「努力義務の対象とされた事項を達成するために具体的な努力をしないこと,努力義務の対象とされた事項を達成するために障害となる事項を自ら作出すること,又は努力義務の対象とされた事項が達成されない状態を維持,強化する行為をしたこと,そしてそれらの結果,努力義務の対象とされた事項が達成されない場合には,合意された努力義務の違反があったものとして,不法行為が問題になる場合には違法性の判断要素となり,権利の濫用が問題になる場合には義務違反者に不利な事情として法的評価の要素となるものというべきである。」
 YがFAの乗務する便を減らす一方で,QIFSRの乗務する便を増加させたことは,「努力義務の対象事項であるFAの職位を失うことがないようにすることを達成することの障害となる事実を本件労使確認書締結の直後から自ら作出し,その後もその状態を積極的に維持したものであり,本件労使確認書第3項の努力義務に反するものであった。」

 このように述べ,配転の必要性と労使確認書の存在とから,配転命令権の濫用を導いたものです。結論は妥当と思われることから判旨支持の立場を採りました。