労働法判例 :: 労働者派遣が有する類型的な危険性

 労働者派遣等においては,派遣元が労働者を雇用して,派遣先に派遣してその指揮命令下に置いて業務に従事させるが,派遣労働者は派遣先との間に直接雇用契約を有しないという仕組みである上,同法の定める許可等の規制を受けることもないため,派遣労働者は不安定な立場におかれやすく,他方,派遣先が労働者を自ら雇用する場合と比べて,就労環境に意を用いないことなどのため中間さく取と劣悪な労働条件の下に過酷な労働が強制されるなど労働者に不当な圧迫が加えられるおそれが類型的に高いものと考えられる。
下線は引用者による

 上記の文章はアテスト(ニコン熊谷製作所)事件(東京高裁判決・平成21年7月28日・判例集未登載)控訴審判決なのですが,裁判所にしては随分と踏み込んだことを述べています。
 派遣労働に従事していた労働者Aが,派遣先会社の用意した寮において自殺したという事案。母親である原告Xがウェブサイトにおいて訴訟経過を公表しているので,判決文を読むことが出来ます。

 過労によりうつ病を発症して自殺したのであれば,過重労働についての認定が結論に大きく影響します。ところが本件では会社側がタイムカード等の資料を提出していないので,原告労働者の残業時間(量的過重性)について事実認定できません。そこでですが,極めて限定された条件(交替制労働+クリーンルーム労働+単身寮生活)においてですけれども,立証責任の転換を行っています。

 交替制勤務によりクリーンルーム作業に従事する労働者が使用者側が用意した寮に単身で居住している場合,当該労働者の生活の大部分はそのような形で労働者を使用する者によっていわば抱え込まれているのであって,その健康状態を含めた生活の状況等の全般を外部者が把握することはその外部者が当該労働者の近親者である場合を含めて容易ではないのが通常であり,他方,その生活の大部分を抱え込んだ使用者がこれを把握することは比較的容易であることは既に説示したとおりであり,中でも,交替制勤務の下 閉所内のクリーンルーム作業において当該労働者がどのような労働環境の下でいついかなる業務をどのように遂行したか等を個別具体的に外部者自らが明らかにすることはほとんど不可能に等しい一方,その業務を管理監督する使用者がこれをするのに特段の困難はないというべきである。

 第一審(東京地裁判決・平成17年3月31日・労働判例894号21頁)は使用者らに安全配慮義務違反があったことを認めたものの,原告側にも過失があったものとして3割の過失相殺を認めています。それが控訴審では改められ,原告側の全面勝訴となりました。

Aを一審被告アテストが一審被告ニコンに派遣して,一審被告ニコンがその指揮命令の下で熊谷製作所における業務に従事させたことは,労働者派遣法によって禁止された労働者供給事業等に当たり,この場合,中間さく取が行われるとともに,劣悪な労働条件の下に過酷な労働が強制されるなど労働者に不当な圧迫が加えられるおそれが類型的に高い場合(中略)に当たる上,実際にも,Aは,法令の規制から外れた無規律な労働条件の下,本来命じられることはないはずの時間外労働や休日労働に従事しており,また,Aの派遣就労が法令による規制をおよそ度外視した内容である疑いが否定できない一審被告らの間の契約に基づいたものであることは既に説示したとおりである。加えて,実労働時間を確定することはできないものの,Aが本件週報に記載された時間を超えて業務に従事したことは明らかである上,休憩時間に業務に従事したり相当期間にわたり終業後や休日を業務に割いたりした疑いがぬぐえないこと,勇士がその意向にかかわらず,一審被告ニコンの業務遂行上の都合から重点的に,シフト変更を命じられ,また,本来業務ではない業務での出張までを命じられて,相当な心理的負荷を継続的に受けていた疑いがあること,一般検査の担当であったAがその意向にかかわらず一審被告ニコンの業務遂行上の都合から,一般検査の仕事との兼務で経験のない者には本来こなせないとされるソフト検査を担当させられ,そうしてAが本来業務(一般検査)とそれ以外の業務(ソフト検査)とに兼務で従事したことによって,心理的負荷を蓄積させた疑いが極めて強いことも既に説示したとおりである。これらによれば,Aにその業務による過重な心理的負荷等によってうつ病が発症したことについて合理的な根拠に基づく相当な疑いがあることは明らかである。