小林立 『咲 -Saki-』〔1〕

 書店で面陳されていた小林立(こばやし・りつ)『咲 -Saki-』の第1巻(ISBN:4757517823)を眺めているうちに,表紙の少女のほにゃっぷりに中てられて購入。

 ヤングガンガンスクウェア・エニックス)掲載の麻雀漫画。ですが,マージャンそのものを描いた作品では絶対にない。主人公の得意技が嶺上開花(リンシャンツモ)だというところあたりに無理があるのは,不得手な私でもわかる*1
 これは,マージャンをスポ根ものの文脈で捉えた萌えマンガです。

 私みたいな年寄りだと,普段は恥ずかしくて《萌え》なんて言えません。でも,小動物ちっくショートカット主人公と巨乳ツインテールお嬢様が揃ってぱんつはいてないだと,ここに在るものが《萌え》の一つの形だよね,と感じ入ってしまう。コマごとに静止画として見ると歪さが気に掛かるのですが,それがドラマという流れの中に置かれると魅力的に仕上がっています。

 麻雀ってゲームはですね、リアリズム重視で描いても面白くなりません。(中略)
 勝負事を扱っていて「強い奴」が出てこない、というのは無理です。そしてそれが「作者が勝たせてるから強い」だと思われるんじゃ興ざめです。
 それを上手く隠して、説得力のあるウソで強い奴を表現する、ってのが腕の見せ所。

http://sfrenatezze.com/ioriha/rnote.php?u=02novels/saki.html

 ストーリーを駆動させる装置として「生き別れの姉」とか「無理解な保護者」が埋め込まれているのですが,そんなのどうでもいい,というのが印象。だって,本作の見せ場は試合中の4人を躍動的に描いているところですもの。経緯に無理があって展開が強引でも,スポ根のバトル・シーンとしてみれば,動いていることの心地良さ=疾走感が場面を支配する。バトルの途中経過を思い切って省き,テンポを良くしてあるおかげで展開にまごつくところも無い。いざ主人公がツモ牌を手にした時,指先からはスパーク白煙があがり,集中線がコマを覆う! 類型的マンガ表現だが,ベタにやってくれるので安定感に繋がる。
 マージャン+スポ根+萌えのトリニティ(trinity)を上手く仕立てあげた作品だと思う。

*1:スーパーリアル麻雀PII&PIII』で キャティ 芹沢未来を相手に小刻みに上がる練習をしたけれど,役を覚えていないため,牌の上に▽印が来ないと捨てられないのです。

竹本泉 『わらいの園々』

 竹本泉(たけもと・いずみ)の新刊『よみきりものの… わらいの園々』(ISBN:9784757734982)を開く。
 新刊なのに,とてつもない既視感。
 まぁ,竹本泉はいつもアレだしね――と読み進めているうちに,「マンホールのあうの人」で通常よりも変であると気がつく。何ですか,正式名称『よみきりものの… よみきりもの2(1)』って……*1
 構造レヴェルで竹本泉ワールドだなんて,感涙ものですよ(笑)

*1:解説。本書は,5年前に刊行された『よみきりもの(第1巻)』(ISBN:4757705891)と同じキャラクターによる続編6本が,同じ配列で収められています。

鬼魔あづさ 『アレお祓いします?』

 鬼魔あづさ(きま・あづさ)の新刊『アレお祓いします?』(ISBN:9784862521231)を買う。
 前半を占める「学園七ふしぎ」は,巫女さん(但し能力は低い)が憑き物落としをして返り討ち――という黄金パターン。他にも短編5本を収録するが,いずれも粘性のある蒸気がま゛ったり゛とまとわりつくような作風。良く言えば「独特な立ち位置」で「玄人好み」。なんだか掘骨砕三ほりほねさいぞう)が醸す淫靡な雰囲気と似てきたような気がする……
 

高橋しん 『世界の果てには君と二人で』

 高橋しん『世界の果てには君と二人で――最終兵器彼女外伝集』(ISBN:4091807461)を読む。
 これでも外伝なの? と思うが,外伝としか表現しようがない。巻頭カラー4コマ「わたしたちは散歩する」で,ちょっぴりバカップルぶりを見せているものの,基本的にはちせが登場しない。
 実質的な収録作は3本。
 第1に,空を往く光を見た中学生の男女を視点に戦争の始まりを描く「世界の果てには君と二人で。あの光が消えるまでに願いを。せめて僕らが生き延びるために。この星で。」。これは「作品は題名が9割」という標語が脳裏をかすめます。
 第2に,戦争の最中に戦場でまみえた少女と兵士を“おまもり”の視点で描く「LOVE STORY, KILLED.」。あぁ,これは良い。ちせとシュウジのラヴ・ストーリーに収束しきれないメッセージが『最終兵器彼女』には込められていたことを認識させてくれる。極限状況の中で壊れていきながらも未だ滅びずにいる猥雑なセカイの姿は,確かに『サイカノ』のそれだ。そして作者は,乾いた筆致で終末を辿る。血飛沫が舞い銃声が耳をつんざいているはずの白く明るいコマ。彼女――この物語では少女に名前など与えられていないのか――が発する「何するんですかぁ?」の間延びした言葉や表情。人の命が2つ消えゆくというのに,何故か晴れ晴れとした印象を与えて幕が下りる。
 第3は,セカイが滅びた後の「せかい」を舞台とする『スター☆チャイルド』。これは…… 好意的な評価をしている前田久に委ねよう。

大井昌和 『流星たちに伝えてよ』

 一般論を言えば,《作品》を通して得られる《作家》の姿は虚像である。《作品》という虚構空間を構築する〈神〉としての作者と,現実世界に身を置く《作家》という〈人間〉は別な存在だ。自伝的作品に作者が登場しても,それは作者という名のキャラでしかない。例えば,1980年代の白泉社系少女まんが(すなわち,大コマでは背景に花を背負えるヒロイン)の描き手である岡野史佳であるが,その実態は野球とプロレスが趣味であったりする。《作品》から得られるイメージを《作家》に照射することには消極的でなければならないと思い知った例である。
 ところが大井昌和(おおい・まさかず,id:ooimasakazu)の『流星たちに伝えてよ』(ISBN:434480886X)の場合,困ったことに〈神〉としての作者と〈人間〉としての作家がだぶって見えてしまう。
 『流星たちに伝えてよ』は,人類が宇宙空間にまで生活圏を広げた近未来を舞台にしたオムニバスである。十年前に起こった月航船の事故を縦糸として,5つの物語が紡がれる。会社の責任を押しつけられた男,内戦で肉親を亡くした少年と片足を失った少女,そして事故の犠牲となった父――。この空間は,理不尽さや失望に充ち満ちている。そこで,ある者は生き続けようとし,ある者は罪を犯し,ある者は心を閉ざす。『ひまわり幼稚園物語あいこでしょ!』に始まり『風華のいる風景』『おとなの生徒手帳』に至る大井昌和のストーリー作品は,生きることに不得手な人物が少しだけ上を向いて歩き出す姿をモチーフにすることが多い。本作は,現時点における大井テイストの真骨頂と位置づけてもいいだろう。ところが各編とも闇があまりにも強く,結末において差し込む光明はまさしく流星の如きか細さでしかない。そんな登場人物達のために救いを探すべく必死にペンを走らせる《作者》の姿が《作品》から立ち上ってくる。
 しかし,作家として努力したことと作品として評価できるかは別物である。端的に言ってしまえば,このマンガの出来は良くない。その原因はストーリーの流れの悪さであったり,整理し切れていないエピソードであったり,あるいは成人女性のデッサンがまずいことであったり。でもそれ以上に気にかかるのは,《作家》が《作品》を突き放せていないこと。《作家》の内面的営みが,そのままに《作品》へと反映されているように感じられてならない。以前の作品にしても作者の性向は現れていたけれども,それでもメッキ処理はされていた。それが本作では,ありのままの“地金”のよう。たぶん,作家としての技術力がついてきたので粗っぽい素材もマンガに仕立てられるようになったことがあるのだと思うけれど,それでもやっぱりモチーフの選択段階で生じた痛々しさ泥臭さは立ち上ってしまう。伝えたいのであろうメッセージが先走ってしまい,表現が追いついていないのではないだろうか。

星は流れる。それぞれの想いをのせて,きらめきながら――。
少しでも…… 大切な人に 言葉が近づくように……
初版の帯より

 よぎるのは,作者が心の裡に重苦しさを仕舞い込んだまま将来にわたって作家活動を続けていけるのだろうか,という過剰な不安だ。『愛人[AI-REN]』を描いた田中ユタカは,《作品》に込めた苦悩が為に《作家》という心身を病んでしまった。そんな前例があるだけに心配でならない。秘かに作者の安息を願う。

竹本泉 『さくらの境』

 ここしばらく考えあぐねていた原稿に,ようやく目途がつく。すごく短い文章なのだけれど,最高裁(と世論)にケンカを売るとなると,色々ね……。しかし,3か月かけて8,000字という「生産力」の低さは何とかしないとなぁ*1
 きりきりする胃にやさしく効くものを――ということで,竹本泉(たけもと・いずみ)の『さくらの境(きわ)』第3巻(ISBN:9784840116572)を開く。
 『さくらの境』は「ちゅー」「にゃー」「ぼーっ」で出来ている。
 や,それ以外には何とも説明のしようがないんですけれど,これ。でも楽しい。

追記

 昨秋,〈空気系〉という風が局所的に吹き抜けましたけれど,どうしてあの時(id:genesis:20060904:p1)に竹本の名前が出てこなかったんだろう? まぁ,マンガ家は多数いれど,竹本泉は《竹本泉》という絶対的に独立したジャンルなので比較対象としては不適当なのですが。
 未だに〈空気系〉のことを気にしているのは地球上に3人くらいでしょうけれど(g:rosebud:id:cogni:20070114:p3),今でも時折考えてはいるんですよ。前回の考察は,私の関心が《場所性》にあることを表明したところで終わっていて(それからヨーロッパ旅行に出かけた),やり残した感はずっとまとわりついているん。
 ともに共通して《イタリア》という成分を含む天野こずえARIA』と相田裕GUNSLINGER GIRL』,それに舞台探訪(g:legwork)というムーヴメントを起こす原動力となった『おねがい☆ティーチャー』が同時期(2001-02年)に発生していることに関連性を見いだせるのではないだろうか,と思うので。夏葉さんが指摘するところの「バカ背景イズム」(id:K_NATSUBA:20060905)を,もうちょっと咀嚼しないといけない。
 これまた古い話を持ち出しますと,「現代学園異能」という話が盛り上がっていた時に語られていた《学校》という空間の機能と,〈空気系〉の思い描いている場所というものに何か関連がありそうな気が,するようなしないような。うじゃうじゃ。

*1:過日,遅まきながら『げんしけん』を読んで,荻上ちんに対しては感じ入るところがあったらしい。

納都花丸 『蒼海訣戰』 #1〜#2

 納都花丸(なんと・はなまる)『蒼海訣戰(そうかいけっせん)』の第2巻(ISBN:4758060371)あとがきでは,

  • 仮想戦記: 内容がアレ
  • 架空戦記: 内容がまとも

という区分法が紹介されている。さて,この作品はどっちだろうねぇ。
 物語の舞台は,津州皇国(つしまこうこく)の水軍士官学校。騎兵大尉を兄とする三笠真清(みかさ・さねきよ)が,十五期主席生徒として入学するところから始まる。
――って,まるっきり司馬遼太郎坂の上の雲』です。秋山好古秋山真之の兄弟をモチーフにとっていることが分かりやすすぎるくらい現れている。取り巻く「列強」にしても,帝政が続くヴェラヤノーチ,軍事国家レヒトブルグ,産業大国クラカレンス。

蒼海訣戰 1 (1) IDコミックス REXコミックス

 で,このままでは日露戦争の再現になってしまいそうなところを,アレンジとして加えられた要素が2つ。
 まず第一に,津州皇国には「世界で唯一とがった耳と尻尾を持つ少数民族」追那(オイナ)人がいることにして…… そのため主人公はネコ耳です。追那人にはアイヌのイメージを被せているのですが,割烹着でお手伝いさんなネコ耳の幼女も出てきます。そして第二に,皇女は巫女さんで14歳のドジっ娘! 御前会議で転んで袴がめくれて(以下略)
 ちなみに,納都花丸の初期作品『大天使の剣』(ISBN:4896134117)は,ショタというかBLというか耽美というか,とにかくそんな系統な作品なので,本作も801的読みに耐えられる作りになってます。
 とまぁ,いろいろ盛り上げ要素で装飾されているのですが,ストーリーはすこぶる正当な成長物語。展開はこなれているし,絵柄も丁寧だし,とにかく卒がない。第1巻は登場人物の顔見せで終わってしまった感がありましたけれど,第2巻でテーマを一つ消化して作品にメッセージも込められてきました。
 問題は――何をどこまで描けるかで,しょうね。
 戦記物ですから,列強に小国・津州皇国が挑み,その指揮を主人公たちが執るところまで話を進めて終わるのが望まれる姿なのでしょうが,この執筆速度だと完結はいつになることやら。士官学校を卒業するところで終わってしまうと,伏線の回収が間に合わないだろうし。今後に期待できる内容なのですけれども,とりまく環境が執筆の継続をいつまで許してくれるかどうか,そちらの方が気がかりです。
▼ おとなりレビュー

桂遊生丸 『かしまし』 #4

 原作:あかほりさとる×作画:桂遊生丸(かつら・ゆきまる)『かしまし〜ガール・ミーツ・ガール〜』第4巻(ISBN:4840236291)。
 この巻では,登場人物達が実にいい表情を見せます。特にとまりん(来栖とまり)の困惑,憂い,戸惑い,溢れ出る激情――といった負の感情が上手く表現されている。
*1
本編の最後には,はずむも決意を秘めた良い顔をしているし。
 今はとろんとした夢見がちな瞳をベースに描かれているけれども,これに〈眼差しの強さ〉を込められるようになったら,きっとすごいことになるのではないか。桂遊生丸の将来が楽しみ。

*1:引用は,56頁(右上),69頁(中央下),71頁(右下),72頁(左)から。もともとはモノクロであるが,各々が異なるコマであることを示すため,引用者において地色を加えた。