芦奈野ひとし 『カブのイサキ』

 〈地面が10倍に広がった世界〉は〈海水面上昇により都市が水没した世界〉と見分けがつかない。
 芦奈野ひとし(あしなの・‐)の最新作『カブのイサキ』(ISBN:4063145344)ですが,『ヨコハマ買い出し紀行』の外伝と言われても違和が無い。例えて言うなら,森薫『エマ』第7巻と第8巻の関係の如し。

たかみち 『TAKAMICHI LOVE WORKS』

 画集は,あまり好きではありません。好き嫌いというよりも,映像から情報を読み取るのが不得手というか……。芸術家のみる夢はカラーの場合が多いという話を聞いたことがありますが,ビジュアルノベル風に文字テロップが流れていく私はよっぽど文字情報偏重なのでしょう。
 たかみちの画集『TAKAMICHI LOVE WORKS』(ISBN:4863490283)を購入してきたのですが,そんなイラスト痴でも大満足の出来でした。
 雑誌『LO』で使われた絵を中心に組み立てられているのですが,元イラストと表紙に仕上がった状態とを並べてみせています。大抵は上に書き加えたものがノイズになってしまうのですが,文字を組み込んだ方が素晴らしくなるというのは稀有ですね。キャッチコピーがあることによって,むしろ情景が広がる。ロゴが配置されることによって,いっそう画面が引き締まる。
 後半パートでは編集者とデザイナーを交えて製作過程が明かされているのですが,ここではラフデザインが並べられており,どのような推敲を経て完成に至ったかがうかがわれて興味深い。

桂遊生丸 『Roman』

 桂遊生丸(かつら・ゆきまる)の新刊『Roman(ロマン) 〜朝と夜の物語〜』の第1巻(ISBN:408877406X)を読みました。
 ゆきまる作品は〈作者買い〉だったので手に取るまで知らなかったのですが,帯によると『Sound Horizon』の手になる同名組曲をモティーフしたサウンドコミック,だそうです。発売元である集英社のサイトで原曲の試聴ができるのですが,そちらを観ることでようやく本作の位置づけが(おぼろげながら)理解できます。

 コンセプトは,生と死が《焔》の如く瞬く世界へと遣わされた使者が《物語=ロマン》を集めていく,というもの。第1話については上記サイトで試し読みができます(と,ここまで書いてから検証のために参照したところ単行本では大幅に加筆修正されていて,雑誌掲載版とでは幕開けの意味合いが相当に異なることに気付いたのですが……)。ちなみに,ゴスロリ少女さんは第2話以降,インターリュードにしか出てきません。
5th story CD「Roman」
 この巻では,上述の序幕を含めて5つの《物語》が収められています。

「生まれてくる朝と 死んで行く夜の物語」

とも記されているように,いずれも死の翳りを帯びつつも,暗闇に現れ出づる星の如き僅かの光明を短編連作の形式で綴っていきます。ト書きに連ねられている文字が多いのですが,察するにこれが原曲との対応になっているのでしょう。原曲を知る者に対しては共鳴を呼ぶ言葉になっているのだと思います。そういった事情に不知であると,縦書きと横書きとが混在する文字列に視線が困惑するところがありました。
 組曲形式でありますから作品の終幕で《物語》が統合されていくのだと推察しますが,それは未だこの巻では編まれていないところ。
 主題(短編)を個別にみておくと,第3話「星屑の革紐」が出色の出来でしょう。星(Etoile)の名を授けられながらも星を視ることのできない弱視の少女エトワールと彼女に沿う犬の《物語》。エトワール(15歳)かわいいよエトワール(8歳)。社会的弱者を主人公にして組まれた話で安定した骨格があるということもありますが,この話は〈夜〉の引き受け方が後味の悪さを残さない(換言すれば『フランダースの犬』的ではない)ので。

 背景事情(原曲)を知らずに読んでも楽しめるものになっていると思います。ストーリーはそこそこベタですが,安定した造りであるということでもあり。

杉基イクラ 『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

 杉基イクラ(すぎもと・いくら)『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない――A Lollypop or A Bullet』を読みました。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫) 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない 上 (単行本コミックス) 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない 下 (2)
 桜庭一樹出世作である同名作品を漫画化したものですからストーリーについては割愛しますが,実に良く出来ている。
 例えば《山と海に挟まれた山陰の田舎町》という設定。原作の場合,それが冒頭で強く打ち出されるわけですが,ストーリーが進行すると主人公たる少女たちが浮き立ってくるために,ともすれば意識から逸れていってしまいます。対してマンガの場合には背景というシステムがあるおかげで,彼女たちを囲む空間が提示される。本作では,原作において伝えようとしたものが漫画家によって解釈されるという作業が適切になされており,文章が持っていた魅力を損なわぬよう配慮しつつ映像としての表現が達成されている。

 文章には文章の,絵には絵の魅力がありますが,両者が良好な協力関係に立つことで成り立った例といえるでしょう。

少女マンガ パワー!

 上野から銀座線に乗って渋谷へ行き,東急東横線に乗り換えて武蔵小杉へ。川崎市市民ミュージアムで開催されている『少女マンガ パワー!――つよく・やさしく・うつくしく』へ。
http://shojomangapowerfan.blogspot.com/
 これは実に良かった。
 少女マンガ史を代表すると言える23人*1について,さらにそれぞれの代表作数点を選んで解説を付け,それらの原画等を展示するという趣向。作家・作品を選ぶバランスが絶妙であるところに加え,集められたカラー原稿等の質も高い。
 この元になったのは北米を巡回した“Shojo Manga! Girl Power!”展であるとのこと。前提知識を持たない人に存在を伝えるという目的が基底にあるおかげで,分かりやすいものになっています。希少価値のある品々も集められてはいましたけれども,この企画はプレゼンテーションの巧みさを評価したい。大変に満足のゆくものでした。
 多少なりとも少女マンガに関心を持っている人であれば,足を運んでみるべきものでしょう。2008年3月30日まで。
 ちなみに客層ですが,ざっと見たところ,当該作品の発表当時に少女だった淑女の皆様方が半分でございました。


 帰りはミュージアム前からバスに乗って川崎駅まで,府中街道を進んでいったわけなのですが,街並みの乱雑さが痛々しく思えました……。

*1:CLAMPが入っているので,延べ人数では26〜27人。

NYAN 『病院のないしょ』

 先日のこと。amazon.co.jpにカスタマーイメージを登録しつつ,蔵書の整理をしておりました。すると,出ているのを知らなかった本というのが幾つか見つかりまして……。直近では,NYAN(にゃん)さんの『病院のないしょ♥』第1巻(2007年12月,ISBN:4821185350)の存在に慌てました。ここ数年,とらのあなの発売予定表を参照して1か月ぶんの購入予定を書き出し,自己アフィリエイトで注文するという購買スタイルを採っているのです*1。が,あまりに変わったところから刊行されていたので気がつかなかったらしい。掲載誌は,ぶんか社『読者投稿爆笑4コマ魂』(でも,本作は四コマではありません)。
 NYAN(にゃん)さんの略歴に触れておくと,『キャンディタイム』誌の1993年5月号で商業デビューしています。『巫女様HELP!!』(ISBN:489421119X)の連載が始まった号が,えびふらい『夢で逢えたら』の終了した号でもあったという縁で目を付けた作家さんでした。半ば公然となっている別名は「祥寺はるか」さんで,同人では創作少女畑の人*2。イベントで気に入って購入したレターパッドが,実は祥寺はるかさんのものだったということもございました。初期の頃は頭身も高かったのですが,1999年頃からは絶妙な《ぷに》具合の絵柄になっています。
 と,十数年に渡るお付き合いではあるものの,寡作な人でありまして,単行本はこれまでに実質7冊。一冊にまとまるまで時間がかかるため,数年単位の空白を置いて出ています。別名の方で単行本が出ているのに気がついたのも今回のことなので,前作『みずいろ・ぴんく』以来,約3年半ぶりに新刊を手にいたしました。
 さて,『病院のないしょ』の紹介。元ナースであるNYANさんによる,お仕事の裏話でできています。この分野はいろいろと手がけられており,最近では新井葉月さんが薬剤師であることを活かして『薬屋りかちゃん』を送り出しております。『病院のないしょ』は〈感動〉とか〈成長〉とかをテーマに掲げるようなものではなく,客(患者)には見せられない〈実態〉に迫ります。かといって〈暴露〉のような悪趣味なところはありません。

  • 救急外来に泥酔者が来ました!
  • 解剖見学には古い靴を履いて
  • はじめてのどうにょう
  • ナースのお食事事情
  • すみこみこナース
  • ごいっしょに胃カメラはいかがですか〜?
  • ミルク(母乳)プリン

と,医療関係の小ネタを集めてできています。かわいくラブリィな仕上がり。イニシャルG(ゴ×××)や流血シーンまでも愛くるしいのはいかがなものか(笑)
 各話6頁で構成されていますが毎回オチもきれいに決まっています。造りは文句なしに上手い。苦労も多いであろう看護師の姿をコミカルに描いた逸品。
▼ おとなりレビュー

*1:http://www.sv15.com/money/boople.htm

*2:持説に「ビジュアルノベル的価値観は,葉や鍵の以前,青年マンガにおいて少女まんがが取り込まれていくことで素地が作られていた」というのがあり,その萌芽として秋葉凪樹(1994年デビュー)を具体例に挙げております。が,その遷移段階にNYANさんを位置づけられそうな……

榊 『CIRCLEさ〜くる』

 榊(さかき)『CIRCLEさ〜くる』第1巻(ISBN:4832276700)を表紙買い。八重歯っ娘が好きなもので……
 これが,なかなかに良いものでございました。
 大学の漫研を舞台にした4コマ。きらら系ならではのほんわか空間に,ちょっぴり恋の要素を交えています。際だったメッセージを持たないぶん,口当たりまろやか。デフォルメが強めの絵柄ですが,愛くるしさがあって好印象(どういうわけか,女性キャラのお胸とお尻だけ妙に感がある)。
 例えて言うなら,『ファンロード』ちっくな『トリコロ』キャラが『あずまんが大王』の気怠さで送る『げんしけん』――みたいな。

桜野みねね 『フェアリアルガーデン』

 昔むかし,『まもって守護月天!』というお話がありました。
 優しくはあるけれども押しは強くない少年のところに精霊シャオリンが現れ,つられて女の子が続々と周りに現れるという一種のハーレムもの。愛すべきは離珠(りしゅ)という,ちんまいツインおだんご頭娘だったのでし
 掲載が始まったのは1996年4月のこと。エニックスの『少年ガンガン』が掲載誌でありました。同誌は桜野みねねの他にも天野こずえを擁しており,独特な空気感を漂わせる場が次第に形成されていったのです。その後,スクウェア・エニックスから引き抜きを受けた作家陣を据えて2001年にマッグガーデンが設立されます。少年漫画でも少女まんがでもない何かがレーベルとして生まれるに至る分水嶺として,桜野みねねの名は刻まれることでしょう。

 とはいえ,『守護月天』は再逢(Retrouvailles)において失敗しています。桜野作品を端的に示すならば『Healing Planet(ヒーリング・プラネット)』(ISBN:4757504926ISBN:4861270707)を参照するのが相応しいでしょう。

フェアリアルガーデン(1) (BLADE COMICS)

 その桜野みねねによる数年ぶりの作品が『FAIRIAL GARDENフェアリアルガーデン)』(asin:4861274680)。
 《フェアリア》と称される妖精を産む種が開発されている世界でのお話。妖精の研究に没頭する父母と折り合いをつけられずにいる少年が,拾ってきた鉢植えを育てたところ妖精が咲いた。ところがそれは妖精の中でも希少な《フェアリアル》で……。
 ぽやや〜んとしたエルフ耳の妖精,おバカな級友,タレ目でアホの子なメイドさん
 懐かしき桜野みねねが此処にあります。
 ただ―― 『守護月天』に郷愁を感じないとしたならば,評価するのは難しい出来というのも正直なところ。もはや〈癒し〉の時代は前世紀の彼方。フェアリアルとの邂逅は唐突だし,ストーリーも全然進まない。心を閉ざしている少年を軸にしたテーマを描こうという意欲が感じられるのだが,ぽわぽわとした作風の故に長引きそうな構成。無事に(打ち切られることなく)完結を迎えられるのかが心配されるところではある。
 空気の肌触りを楽しむ作品として捉えるならば,実に柔らかな風合いが楽しい。
▼おとなりレビュー

桜野みねね作品は常に想いの伝わらなさをテーマにしてきたが、今回も言葉がわからないクレアをヒロインにすることでそれを描こうとしているんだろう。」

http://d.hatena.ne.jp/arctan/20080115/1200422721

「ひたすら絵と、そして雰囲気を楽しむ作品だと思う。」*1

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20080121/p1

「いわゆるボーイ・ミーツ・ガールな一目惚れ話なのですが、すぐそこにいるのに届かない想いを描く手腕はさすが守護月天の作者さん、という感じ。」

http://pasteltown.sakura.ne.jp/akane/games/blog/archives/2008_1_24_1345.html

*1:それにしても海燕氏の〈良かった探し〉は秀逸である。