労働組合の勉強会

 とある労働組合からの依頼で,勉強会の講師をしてきました。テーマは「雇止め」。法学部を離れたのに,新年度最初のお仕事は法律関係でした。

有期雇用契約の雇止め 

  • 1. 「雇止め」と「解雇」の違い
    • ※ 解雇に関する法理(解雇権濫用法理,労働契約法16条):「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」 
  • 2. 『約束は守られなければならない(pacta sunt servanda)』
  • 3. 東芝柳町工場事件(最高裁第一小法廷判決・昭和49年7月22日・民集25巻5号927頁)
    • 事案: 期間2か月の有期契約が,最高で23回更新されていた労働者の雇止め
    • 状況: 採用の際の期待を持たせる言動,契約更新手続の形骸化
    • 判決: 「本件各労働契約は,期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していた」ので,雇止めは「実質において解雇の意思表示にあた」り,「解雇に関する法理を類推」すべきである
  • 4. 日立メディコ事件(最高裁第一小法廷判決・昭和61年12月4日・労働判例486号6頁)
    • 事案: 期間2か月の労働契約が5回更新
    • 状況: 更新手続の際には労働者と契約書を締結
    • 判決: 雇用が臨時的なものではなく,期間満了後も「ある程度の継続が期待されていた」ものであるときには,有期契約の雇止めに解雇の法理が類推適用される
  • 5. 有期雇用の継続に対する《合理的な期待》
    • 考慮要素: 契約の更新状況,採用の際の使用者からの説明,契約書の記載内容,仕事の内容,他の労働者の更新状況など
    • 平成15年10月22日厚生労働省告示357号,平成20年1月23日厚生労働省告示12号
  • 更新回数の上限設定 
  • 6. 雇止めの《合意》
    • 「契約の更新は,今回で最後にしましょう」と切り出されたら?
    • いつの時点で争うべきか?
    • どのように対処すればよいのか?
      • 異議留保
      • 情報の入手: 同僚の扱い(職場慣行),新規採用の状況

このような内容で40分ほどお話しました。有期雇用の人が多い職場だということで非組合員の方も多数いらしていただきまして,用意したレジュメが足りなくなるという嬉しいことも起こりました。

大学院はてな :: 終了のお知らせ

 長らくご愛顧いただいておりました(?)当コーナーですが,今回をもちまして終了いたします。このたび大学院を退学することになりましたもので……。新年度からは,従前からの専門学校講師ならびに公務員・教員予備校講師に加え,某大学にてスペイン語の非常勤講師として勤める予定です。任用手続については当の本人も把握できていないのですが,シラバスに自分の名前があったので,公表しても差し支えないでしょう。
 語学教育についての打診は数年前よりいただいていたのですが,外国語を専門としておられる方にお任せするべきだろうと思い,お断りしておりました。ただ,具体的にお話を聞いてみたところ,確かに時間単価は最低賃金の8倍近いのですけれども,地方都市だと担当可能なコマ数が少ないので,わざわざ“内地”から移住してきていただいても生活するには足りない収入にしかなりません。すでに札幌にいる人で遣り繰りしなければならないという事情があり,かつ,母校の新入生が大学に馴染んでいく時期に支えていくという仕事ができる――ということで,お受けした次第です。
 H大学でスペイン語の教育にあたる者は総勢7名ですが,その中でみても(さらには全国的にも)法学を出自とする者ということで相当に異色の存在かと思います。これを機に,私自身も大学教育のあり方について実地に経験を積みながら勉強していくつもりです。2009年度の前期は文系4学部(文・教育・経済・法)のクラスを担当します。(未だお会いしてもおりませんが)担当学生の皆さん,どうぞよろしく〜。
 なお,在野の身ではありますが労働法&社会保障法の研究も続けていきます。取り上げ方は変わっても社会問題への関心を無くしたわけではありませんので,今後も形を変えつつ,話題を取り上げていくつもりです。
 ちなみに。これで「地理学」「歴史学」「SPI対策」「ビジネス文書」「政治(憲法)」「知的財産(特許法)」「行政法」に加えて「スペイン語」まで教える科目の幅が広がりました。器用貧乏

大学院はてな :: 粉飾決算を行っていた営業所長のうつ病自殺と安全配慮義務

 研究会で前田道路事件松山地裁判決・平成20年7月1日・労働判例968号37頁)を題材に議論。
 ある建設会社の営業所長が経理操作によって1800万円の過剰出来高を計上したことが明るみになり,支店長から「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが,辞めても楽にはならないぞ」と叱責された数日後に自殺。使用者には安全配慮義務違反があったものと主張する遺族から損害賠償請求が提起された事案です。
 この種の事案だと,まず労働者が自殺しているという現実(結果)があります。ところが「叱責」の態様についてみてみると,人格を否定するような罵倒ではない。こんなことを言われたら多くの人が死にたくなるよね,というものでもない。さらに,問題となった粉飾決算にしても,決して褒められるものではありませんけれども,帳簿上の操作であって実際に損害を出しているわけでもない(かといって,事後的に回復可能な程度の金額でもない)。さらに,自殺した労働者は,うつ病に罹患した人に典型的にみられる症状(エピソード)を会社の人達には気づかれないまま自殺に至っており,予見可能性ないし結果回避可能性が著しく乏しい事案。
 裁判所は,上司による叱責と労働者の死亡との間に相当因果関係を認め,執拗な叱責は違法であり精神障害発症の予見可能性があったと構成したうえで,原告労働者の側の過失を6割として減額することにより処理しました。しかしながら,判決の理論構成が決め手を欠くものであるということもあり,参加者の中でも論点の捉え方をめぐって相当に議論の分かれる事案でした。うつ病による自殺についての事案であっても長時間労働といった事情が存在していない本件は,損害発生に対する本人の寄与を議論するうえでは興味深い事案でありましょう。
 

両角+森戸+梶川+水町 『LEGAL QUEST 労働法』

 水町勇一郎先生から,両角道代(もろずみ・みちよ),森戸英幸(もりと・ひでゆき),梶川敦子(かじかわ・あつこ)先生との共著になる新刊『LEGAL QUEST(リーガルクエスト)労働法』(有斐閣ISBN:9784641179042)をお送りいただきました。ありがとうございます。
 著者4名の生年は非公開扱いになっていますが,記憶によれば,平均年齢をとると30代半ばをちょっと過ぎたあたりになる(はず)。
 ちょうど講演の原稿を書こうとしていたところでしたので,タネ本にするべく,依頼があったテーマの部分を読んでみました。この本の特徴は,判例の取り込み方の巧みさですね。特に労働法の場合には判例法理によって成長してきたという側面が強いので,講義の最中に裁判例を数多く参照します。古い教科書では「自分で『百選』を読め!」でしたが,最近では判例のポイントを本文に織り込むようになってきています。本書ではそれが洗練され,法科大学院向けのケースブックで培われたテキスト作りの技が取り込まれています。
 ざっと読んだ印象では,法学部“ではない”学生向けだろう――と思ったのですが,「はしがき」によるとコンセプトは法学部(さらには法科大学院)向けなのだとか。教える立場からすると「これ1冊」を買い求めてもらえば何とかなるし,読みやすいので使い勝手は良さそうです。

大学院はてな :: 「秋葉原で働いた方がいい。」

 研究会で東京セクハラ(T菓子店)事件を題材に取り上げて議論。第一審(東京地裁・平成20年3月26日判決・労働判例969号13頁)は請求を棄却していたのに対し,控訴審(東京高裁・平成20年9月10日判決・労働判例969号5頁)は一転して請求を認容し,損害賠償(慰謝料50万円+遺失利益99万円+弁護士費用20万円)の支払いを命じた例。
 セクシャルハラスメントないしパワーハラスメント事案は,事実認定(そもそも何かをやったのか?)が左右する部分も大きい。すなわち,問題とされる言動が有ったのか無かったのかがまず争点となりやすい。そのうえで法的評価に入るわけですが,身体的接触(eg.太ももを撫で回した)は「ハラスメント」という新しい概念を持ち出すまでもなく「強制わいせつ」で処理できます。それが,問題行動とされるものが下品な会話であったりすると,受け止める側の人物によって評価が変わってきます。
 ちなみに。筆者は,酒席でも話が妙な方向に進むと「えっちなのはいけないと思います!」と止めに入ってしまうのですが,同席した女性に「××さんったら潔癖性だよね〜」と呆れられること度々。ハラスメントの原告適格って,年若い女性とは限らないと思う今日この頃。
 閑話休題
 本件では,店長A(男性)が契約社員X(20歳前後の女性)に対する発言が問題となっています(但し,民法715条による請求であって被告Yは使用者になっており,本当の当事者であるAは訴訟の相手方になっていないという変な事件)。第一審と控訴審とで事実認定に差異があるため,細かく発言が認定されています。

「頭がおかしいんじゃないの。」
「昨夜遊びすぎたんじゃないの。」
「(ショッピングセンター名)にいる男の人と何人やったんだ。」
「僕はエイズ検査を受けたことがあるから,Xさんもエイズ検査を受けた方がいいんじゃないか。」
秋葉原で働いた方がいい。」
「処女にみえるけれど処女じゃないでしょう。」

――って,なんか変なのが混じってるです(笑) 「アキハバラで働く」ことは,世俗的には精神的虐待をもたらすものらしい。

大学院はてな :: とある先生への追懐

 スペイン労働法の研究に関していえば,日本で3本の指に入る(意訳:学会でも3人しか手がけていないマイナー領域を研究対象にしている)私でありますが,そのきっかけは,スペイン語圏についての法律学的研究が手薄であることを,とある先生に教えていただいたことでした。
 その先生はフランスの労働災害制度を研究されており,大変なグルメでありました。ワインの愉しみ方は,この先生に教わったものです。
 学部に在籍していた時分が退官される間際のときでありました。労働行政にも深く携わっておいでで,数多くの審議会において主導的な役割ををこなしておられました。ゼミの最中に「これは私が座長としてまとめた報告書に書いたことなのですが……」というのが数多く登場したことから,某お笑いトリオをもじって『ザチョウ倶楽部』というゼミ論集を出してみたり。
 大学院では,私が労働災害について著すことが多かったものですから,親身にご指導をいただきました。また,今では著名ブロガーであるHさんがベルギーに外交官としていて駐在していた時期であり,労働省宛てに届けられていたレポートを入手してきてEU法の手ほどきをしていただきました。
 そんな先生が,一昨日,黄泉に旅立たれました。
 保原喜志夫先生,どうもありがとうございました。

大学院はてな :: 年俸制を導入して徐々に賃金を引き下げたら

 学校法人実務学園ほか事件千葉地裁判決・平成20年5月21日・労働判例967号19頁)を読みました。
 被告Yは建築士の養成をしている専門学校で,原告労働者XはYにおいて教員をしている者。この学校では従前,年功型賃金体系をとっていたのですが,平成14年に給与規定(就業規則)を変更して年俸制を導入しました。平成15に改定された規定では,次のように書かれていました。

「年俸金額は,前年度の学校業績及び個人業績,担当業務の難易度・責任度等を勘案して理事長が決定する。」

つまり,年俸額の決定については使用者の完全な自由裁量となっています。通常,フリーハンドを得ていたとしても減額は慎重に行われることが多いものですけれども,この学校では早速,賃下げに取りかかりました。

  • 平成12年度(年功型) 年収740万円
  • 平成14年度(成果主義型を導入) 年俸611万円
  • 平成15年度 年俸582万円
  • 平成16年度 年俸448万円
  • 平成17年度 年俸450万円

このように,減額が毎年繰り返され,平成12年度に比べると平成19年度はマイナス39.2%,金額にして290万円の減収になっています(もちろん,Xの従事した業務の内容に変更があったわけではなく,何らかのペナルティとして減額がされたわけでもありません)。本件における使用者の態様は悪質であることから,裁判所はXを自主退職に追い込む意図をもってなされた「Xの人格権を侵害する違法な行為として不法行為に該当するというべきある」と述べ,賃金差額分を支払うよう命じました。
 理論的に興味深いのは,このような減額を違法であると構成する組み立てでしょう。本件の場合,就業規則の不利益変更法理を適用し,使用者の一方的評価の下に給与を決定することが可能となるような方法を定める給与規定は「その内容において相当なものとは評価することはできない」とし,就業規則変更の合理性を否定しています。
 しかし思うに,就業規則の規定が入社当時から使用者の裁量を許すものであったとしても,毎年毎年,前年より年俸額を引き下げていくことで賃金を減額していくことは権利濫用と言えるものでしょう。ただ,成果主義型賃金体系の場合における減額改定の当否については未だ事例の蓄積がないので,裁判所を説得するのが大変そうです。

本田由紀 《現代の若者の労働問題》

 夕方,札幌弁護士会の主催による本田由紀id:yukihonda)先生の講演を聞きに,札幌市教育文化会館へ。360人収用の小ホールが窮屈なくらいに大盛況でした。
 結論として述べられたのは,

 ある時点で不利な状態に陥った人が いつまでも不利でい続ける必要がなく,
 人々が できるだけ不利にならないための準備や支援が 幅広く提供されており,
 人々が 自分の尊厳と他者への敬意をもって生きていくことができる,
 そういう社会を 少しでも作っていくための地鳴りを生みだしてくれるよう お願いします。

というもの。「憲法市民講座」という場であったことを差し引いても,ヒューマニズムに溢れた締めくくりの仕方でした。
 ただ,その結論に至るまでが(分量的に)凄まじかった
 最初に〈雇用形態の変化〉を各種のグラフを用いて示して若年労働が非正規雇用に偏っていることを示し,非正規労働者の収入・労働時間をデータで確認してから仕事の満足度・自己能力評価についてのアンケート調査を分析し,仕事へ取り組む姿勢として「お客様に喜んでもらえるように」という意識があることは就労形態に関わりなく共通して存在していることを摘示しつつ,若者の雇用形態は家庭環境と学校教育と関連性を有していることを指摘し,雇用/家庭/教育/政府によって構成されていた戦後日本社会のモデルが破綻したと喝破し,学校教育への公的投資が過度に低いことを統計から明らかにしたうえで,社会構造に問題点が見出されるべき若者の労働が「パラサイト・シングル」「フリーター」「ニート」に対する偏見を帯びた捉えられ方によって「人間力」「生きる力」という精神論に歪められてしまったことを嘆き,結論として社会システムの再構築を提唱する――という流れ。
 立論の中心は,参考資料として配られた『思想地図 vol.2』(ISBN:4140093412)所収の「毀れた循環」でありましたが,これまでの単著で扱っていた話題は結論だけではなく立論部分からすべて網羅していたし……  
若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて 多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで 日本の〈現代〉13 「ニート」って言うな! (光文社新書) 「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち 軋む社会 教育・仕事・若者の現在 
 正社員と非正社員のダブルトラック(この場合は,両者の間には移動障壁があり処遇格差もある,の意)の説明では 

  • 正社員: membership without job 
  • 非正社員: job without membership 

という話をしていて,聞き覚えがあるなぁと思ったら「これは濱口桂一郎さんの言っていることでして」とか,引用・参照も盛りだくさん。由紀先生,頑張りすぎです。PowerPoint換算で96枚。テーマの1つに〈苦境の自己責任化〉というのがありましたが,べつにご自身で身を以て示されなくても……。1時間の予定を30分超過したので,何とか無理に終わらせたという感じでした。
 端折られたのが本田先生の本領である〈教育〉に関わる部分であったために,参加者からの質問がズレた方向に行ってしまったのが残念なところでした*1

*1:質問1「ケインズ主義に戻るべきでしょうか?」,質問2「ワークシェアリングってどうですか?」,3と4は身の上相談。最後に弁護士会から挨拶という名の長噺がありましたが,これも酷かった。