労働法判例 :: 競業避止義務違反を理由とする営業の差止

 大学の研究会にて,トータルサービス事件東京地裁判決・平成20年11月18日・労働判例980号56頁)を素材に判例報告をしました。
■ 事案の概要
 原告X社は,建築物・構築物の内外装の清掃・補修・保守事業や,これらにかかわる輸入・販売・リース,および各事業のフランチャイズチェーン店の加盟店募集および加盟店指導業務等を営む会社である。被告Yは,平成2年に入社してから平成15年に退職するまでX社の従業員であった者で,退職後にはX社と同種の事業を営んでいる。
 X社は,アメリカ合衆国籍の会社であるA社との間で,A社が事業化している車両外装の凹みを修復する「デントリペア事業」,ならびに車両外装の傷や塗装の剥がれを修復する「エクステリアリペア事業」について,日本における独占的実施契約を締結し,“TOTAL REPAIR”の名称で上記事業をフランチャイズ商品化して加盟店募集および加盟店指導業務を行っている。またX社は,アメリカ合衆国籍の会社であるB社との間で,B社が事業化している家具・車両内装の修復等を中心とした「インテリアリペア」事業について,日本国内における独占的実施契約を締結し,上記事業をフランチャイズ商品化して加盟店募集および加盟店指導業務を行っている。なお,X社は埼玉県戸田市にある直営店において,みずから上記3事業を行っている。平成8年5月から平成14年11月までの期間にYは,X社のフランチャイズ加盟店からの機材等発注を受けたり,加盟店の営業活動をサポートしたりする「パートナーサポート事業部」に所属し,インストラクターの地位で加盟店への技術指導を行うほか,自動車関連事業について直営施行を行っていた。Yが退職するに際しては,機密保持・競業避止義務の確認,損害賠償の約定(いずれも退職後を含む)を記載した機密保持誓約書に署名押印してX社に提出している。
 然るに,Yは平成15年12月から本件訴訟に至るまで,X社の「インテリアリペア」ならびに「デントリペア」に類似した事業を自ら開業して行っている。そこでX社は,Yに対して損害賠償と,Yの営業差止めを求めた。
■ 裁判所の判断
 裁判所(裁判官:村越啓悦)は,Yによって営業秘密に準じる技術の利用があったと認定し,損害賠償として674万円をX社に対して支払うよう命じたうえ,Yは2年間にわたって「インテリアリペア」「デントリペア」技術を用いた事業を行ってはならない旨の差止請求を認容している。

(2)営業秘密該当性
 「上記に検討したところからは,デントリペア及びインテリアリペアの各技術の内容及びこれをフランチャイズ事業化したところに,X社の独自性があるということができ,一般的な技術等とはいえないというべきである。このような点に鑑みるに,不正競争防止法(2条1項7号,6項)にいう営業秘密には厳格には当たらないが,それに準じる程度には保護に値するということができる。Yがフランチャイジーに技術を教えるインストラクターの地位にあり,X社が,Yに高度な技術を身につけさせるために多額の費用や多くの手間をかけたとの事実を併せ考慮すればなおさらである。」
(3)Yが負う競業避止義務の範囲について
 「X社の技術は,営業秘密に準じるものとしての保護を受けられるので,競業禁止によって守られる利益は,要保護性の高いものである。そして,Yの従業員としての地位も,インストラクターとして秘密の内容を十分に知っており,かつ,X社が多額の営業費用や多くの手間を要して上記技術を取得させたもので,秘密を守るべき高度の義務を負うものとすることが衡平に適うといえる。」
 「代償措置としては(中略)独立支援制度としてフランチャイジーとなる途があること,Yが独立していることを発見した後,X社の担当者が,Yに対し,フランチャイジーの待遇については,相談に応じ通常よりもかなり好条件とする趣旨を述べたこと,が認められ,必ずしも代償措置として不十分とはいえない。」「そうすると,競業を禁止する地域や期間を限定するまでもなく,YはX社に対し競業避止義務を負うものというべきである。」

■ 寸評
 これはひどい判決です。
 退職後において同業他社への就職することを阻む競業避止特約は,労働者の「職業選択の自由」を疎外する危険性が強いことから,「形式的に競業禁止特約を結んだからといって,当然にその文言どおりの効力が認められるものではない」のであって,「競業禁止によって守られる利益の性質や特約を締結した従業員の地位,代償措置の有無等を考慮し,禁止行為の範囲や禁止期間が適切に限定されているかを考慮した上で,競業避止義務が認められるか否かが決せられる」べきものです。
 これまでの裁判例の傾向をみるに,3年間にわたって同業種への就職を禁止する競業避止契約は有効に成立しているとしたものの,契約締結の目的,必要性からみて合理的な範囲に制限されると判示したものとして,西部商事事件(福岡地小倉支判平成6年4月19日労旬1360号48頁)があります。また,ダイオーズサービシーズ事件(東京地判平成14年8月30日労判838号32頁)では,「営業秘密保持義務を担保するものとして」退職後の競業避止義務が容認される場合があるとしつつも,その前提として「期間,区域,職種,使用者の利益の程度,労働者の不利益の程度,労働者への代償の有無等の諸般の事情を総合して合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるときは,その限りで,公序良俗に反せず無効とはいえない」と解しています。
 ところが本判決においては合理的限定解釈を試みることなく,競業避止特約の記載内容をそのまま有効であるとしているところに問題があります。裁判所が《代償措置》として認定したのは,YがX社のフランチャイジーとなる途があることに留まる。しかしながらこれは,退職後においても元の使用者との間で契約関係下に置かれることを強制するものであり,およそ代償措置と言えるものではありません。かえって,被告労働者の主張をみる限り原告会社からは退職金すら支払われていないようであるし,在職中における給与において格別の処遇を受けていたという事情も見当たらない。本件においてX社が設定した競業避止義務は地域も期間も限定されていない。競業避止に関する部分については合理的限定的に解すべきところでありましょう。
 不正競争防止法に照らしてみると営業秘密であることが推認されるリペア技術については,X社が情報の流出を防ぐことを目的に設定した機密保持特約については目的に適う範囲で有効なものと考えられましょう(ただ,X社がA社およびB社から導入した技術は,Yが講習会を受講したI社やJ社でも取得できるものであったとされているので,営業秘密として保護される範囲は判決が認めたものよりも相当狭いものであるはずです)。
 しかも,本判決では損害賠償のみならず判決確定後2年間の営業差止めを安易に認めています。差止請求を肯定した労働事件としては,前例として次のようなものがあります。

  • 新大阪貿易事件(大阪地判・平成3年10月15日・労働判例596号21頁)
  • ヤマダ電機事件(東京地判・平成19年4月24日・労働判例942号39頁)
  • ピーエム・コンセプツ事件(東京地判・平成18年5月24日・判例時報1956号160頁)
  • トーレラザールコミュニケーションズ〔業務禁止仮処分〕事件(東京地決平成16年6月22日労判882号19頁)

しかし,これらの事案においては,「顧客名簿の持ち出し」という不正な態様があったり,「経営戦略を知る幹部であった」「在職中に高給が支払われていた」という事情が存していたり,あるいは差止めする内容が「既存顧客を奪わない」というように限定されたものになっておりました。
 本件判決においては競業避止特約が有効だからという理由から差止め請求まで認容しておりますが,猛省を促したいところです。