労働法判例 :: ウェブサイトへの謝罪広告掲載が命じられた例

 ここ1年ほど,いろいろあって研究から遠ざかっていたのですが,久しぶりに研究会で報告をしてまいりました。今回取り上げたのは通販新聞社事件東京地裁判決・平成22年6月29日・労働判例1012号13頁)です。

事案の概要

 当事者は,被告Y社は通信販売の業界紙を発行する会社であり ,PがY社の代表取締役。そして,原告XはY社の従業員であった者であり,Yが発行する『週刊**新聞』の編集長を務めていました。平成20年6月,XはA社から『通販業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』と題する本件書籍を出版したが,Xは本件書籍を執筆するにあたり,Yが作成して**新聞に掲載した図表13点を使用した(このことについてYが許諾したか否かは争いとなっている)。
 平成20年6月26日,完成した本件書籍をXがPに渡したが,その場においてPはとがめるような態度は示さなかった。ところが翌27日になって,Pは本件書籍の回収命じた。同月30日には,来社したA社の編集担当者に対して本件書籍の出版差し止めや回収を迫ったうえ,同担当者が帰社した後,Xに対し本件懲戒解雇の通告を行った。そして,同年7月3日,PはXに対して翌日で退社するよう命じました。
 Yは,7月17日付け**新聞の1面に「本紙,前編集長X氏を懲戒解雇/独断で他社と出版契約」という見出しのもと,社告を掲載した。また,7月14日ころから6か月間以上にわたり,**新聞のウェブ版に「【謹告】前編集長X氏を懲戒解雇」という見出しのもとで記事を掲載した。本件社告等にいう本件懲戒解雇の要旨は,〈1〉本件書籍の題名の「カラクリ」という表現が,「通販業界には消費者を操る仕掛けがある」というダーティなイメージを与えること,〈2〉Xの行為は,Y(およびYのグループ会社)に帰属する著作権を侵害したものであること,の2点である。
 このような経緯の下でXがYに対して,雇用契約上の地位確認,毎月の賃金支払い,慰謝料の支払い,謝罪広告の掲載を求めたのが本件訴訟です。本件の主たる争点は,【1】懲戒事由該当事実の存否(すなわち,Xが本件書籍を刊行した際にYの許諾を得ていたか),【2】懲戒権の濫用の有無(すなわち,Xの行為はYの社会的信用や企業秩序を害するものであると言えるか),【3】不法行為の成否,【4】名誉回復措置として謝罪広告を命じることは妥当か――でありました。

判旨

  1. Xは,Pから図表等の使用の許諾を得ていたと認めるのが相当である。
  2. Xが本件図表等を本件書籍に使用したことは,Yの社会的信用や企業秩序を害するものではないというべきであるから,本件の懲戒事由に該当しない。
  3. 本件の懲戒事由は存在しないのに,Yはこれを断行したから,Yには不法行為が成立する。Yの名誉毀損の違法性の程度はかなり重大なものであり,慰謝料として200万円を支払え。
  4. Xの名誉を回復するため,〈1〉紙媒体の『**新聞』1面には,縦3段抜き,横約20センチメートル,活字の大きさは問題となった社告と同等の大きさで,〈2〉ウェブ版の『**新聞』には,トップページの先頭記事欄に,問題となった「謹告」と同等の大きさで,1か月間謝罪広告を掲載せよ。

寸評

 判旨は妥当であると思われます。
 名誉毀損をめぐる問題では,不法行為の成立を認めて慰謝料の支払いを命じるものは多数ありますが,謝罪広告の掲載までも認容する例はそれほど多くはありません。民法723条には「他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。」との規定がありますが,ここにいう〈適当な処分〉として謝罪広告が必要であるかどうかは裁判所の裁量に委ねられています。
 それでも,民事の事案において謝罪広告の請求が認められたものは散見されるところです(例として,最一小判・平成1年12月21日・民集43巻12号2252頁)。ところが労働事件については認容例が乏しく,私の調べたところでは,次の2件がみられただけでした。

 本件の特徴は,数少ない謝罪広告認容例であることに加え,ホームページへの掲出命令であることでしょう。もっとも,名誉毀損の成立要件であるとか救済方法の選択についての法理は,紙媒体と電子媒体とで変わるところはないと思われます。ウェブサイトの場合には構造を操作することによって情報を目立たなくするということも容易に出来てしまうところですが,本判決における救済方法は会社が行った名誉毀損と同じ態様で謝罪広告を掲載するように命じておりますから,これで差し支えはないと考えられます。