労働法判例 :: 資格試験の勉強をするお仕事

 研究会に参加して,国・さいたま労基署長〔鉄建建設〕事件(大阪地裁判決・平成21年4月20日労働判例984号35頁)を素材に議論してきました。
 原告Xは,土木建築業を営む被告Y社の技術系従業員。「技術士」の合格者増加を目標として立てたY社は,平成10年,Xに対し同試験を受験する対象者としての指名を行った。Xは同年度ならびに翌年度は不合格であったが,受験3回目となる平成12年8月の筆記試験に合格した。Xは12月9日に行われた口頭試験を受験したところ,試験終了直後に脳内出血を発症して倒れた。本件紛争当時,Xは左半身マヒの障害を負っている。本件は,Xは原処分庁(さいたま労基署長)に対し労働者災害補償保険法に基づく補償給付を求めたが不支給処分がなされたため,その取消を求めるものである。
 Xにかかっていた業務上の負荷についてみると,発症前1か月の時間外労働時間数は「28.5時間」,発症前6か月平均でみても「47時間10分」に留まっていたために行政認定では業務上外と判断したようである。しかし裁判所は,

「本件会社においては,原告に対する受験指示も含めて技術誌試験の受験が業務命令で行われていたものと推認され,同認定を覆すに足りる証拠はない。」

と説示します。そこで,Xが受験勉強に費やしていた時間として計算した発症前1か月において「83時間」を加えると,Xの労働は量的な負荷がかかるものであったと認定。技術士の受験についても合格率が低く難易度の高いものであることから質的な負荷もあるとしました。結論として,Xの発症は業務上のものであったと判断したものです。
 高度な業務に携わる労働者についていえば,自己啓発のために学習をする時間は使用者からの厳密な指揮監督を受けている時間とは言い難いのであるから,問題の処理としてはホワイトカラー・エグゼンプションの導入を考えるべきではないか――というのは,荻野勝彦(id:roumuya)さんが「人事労務管理に関する政策と実務の落差」という論文の中で展開しているところであり,その是非をめぐっては政策論議として検討するべきところでしょう。
 ただ,本件に限ってみれば,Xの受験勉強はY社の業務であったと評価して差し支えないだろうという事情が存在します。会社が受験費用を負担していたり,論文添削や模擬試験も会社内で行われていましたが,ここまでは良くある話。本件では,Xに受験を命じた大阪支店の支店長が受験者の家族向けに「依頼文書」を発しているのですが,その中では 

  • 試験日まで毎日夜9時就寝,朝2時起床
  • 出勤時刻まで受験勉強
  • 試験日までの土,日,祝,夏季休暇,全て勉強させて下さい

という指示が出されておりました。いったいどこの小中学校ですか?と言いたくなるような文書ですけれども,時間の使い方に関して事細かに使用者がコントロールしようとしていたことが窺われる事情です。実際に依頼文書のとおりに実行していたとは思えませんが,それでも睡眠時間を5時間に抑えるような指示を出すのは安全配慮義務違反でしょう。これが民事の事案だとすれば,受験勉強に費やした時間について「労働の対価」たる賃金を請求できるかという大問題が起こってしまいます。今回は労災認定にかかる行政訴訟ですので,自宅での受験勉強時間数が裁判所の認定したとおりだとすれば(←実は訴訟遂行の上ではここが揉めそうなところ),業務上という判断が妥当な気がします。